前回は、専門家によるグローバルリスクの10大予測について触れましたが、今回は経済・金融に焦点を当てた予想を紹介します。年初にはエコノミストや投資家から数多くの予想が発表されますが、その中でもウォール街で注目されているのが、ウォール街のご意見番、ブラックストーン社のバイロン・ウィーン氏の「サプライズ10大予想」です。同氏による「サプライズ」の定義は、「平均的な投資家は1/3の確立でしか起こり得ないと思われている出来事が自分にとっては50%以上で起こり得るであろう出来事」と定義しています。昨年もこのコラムで「2016年サプライズ10大予想」を紹介しました(「2016年のサプライズ10大予想」2016年2月3日付)。FRBの利上げ1回との予想は見事に的中しましたが、米大統領選でヒラリー勝利との予想は見込み違いとなり、その結果トランプラリーが起こったことから、米株は下落、原油は30ドル台で低迷など昨年の予想の大部分は当たりませんでした。1986年から続く同氏の今年の予想は以下の通りです。
さて、今年は楽観的予想が多いようですがどうなるでしょうか。
「 2017年のサプライズ10大予想 」
- トランプ氏が極端な姿勢を改め、右派の支持者を落胆させる。
→破棄すると約束した条約・協定のほぼすべては、破棄ではなく修正にとどめられる。 - 米成長率が3%を超える。
- S&P 500は12%高の2,500に上昇。
- ドル円は130円になり、英ポンドは1.10ドルに、ユーロは1.00ドルを下回る。
- 米物価上昇率は3%に向かい、金利は全面高、米長期金利は4%に接近する。
- 欧州でポピュリストの勢力が拡大し、年末までにEU解体・ユーロ廃止が議論される。
- WTI原油価格は60ドル以下で推移。規制緩和により米国エネルギー生産増加、イラン・イラクの生産拡大から供給増加
- トランプ氏は中国への見方が間違っていたと気付く。人民元は過大評価されており、1ドル=8元まで切り下がる。中国経済は、国内製品の消費支出と輸出増で改善する。トランプは制裁関税・貿易戦争をとりやめ、中国と協力的な関係を築く。
- 米中経済の改善で、日本の実質成長率がこの10年で初めて2%を超え、日本株の上昇が他の先進国を上回る。
- 中東情勢は鎮静化する。米露がついにシリア休戦で話し合い、ISの脅威は低下する。
昨年は弱気の予想が多かったですが、今年は、トランプ氏の行動も含め楽観的な予想となっています。トランプ新大統領の政策によって米成長率が3%を超え、物価は3%を超えて米長期金利は4%に近づき、ドル高となるが、株価は12%上昇するとかなり強気の見方です。トランプ氏の行動・政策も、極端な姿勢を改め、中国とも関係改善すると楽観的な予想となっています。財政出動と規制緩和による経済成長、そして保護主義も緩和といいとこ取りの予想のような気がしますが、「米国第一主義」のスローガンによって支持、特に白人低所得者層の支持を獲得してきただけに彼らの支持を維持できるのかどうか注目です。
日本についての予想はどうでしょうか。昨年は「アベノミクスが奏功し2015年下半期の景気後退から脱し、成長率は1%に、ドル円は130円、日経平均は2万2,000円へ上昇」と日本だけは強気の見方でしたが、今年は「米中経済の改善を受けて、この10年で初めて2%を超え、日本株の上昇が他の先進国を上回る」と今年も強気の見方です。ドル円は昨年と同じく130円と予想しています。成長率は実現していますが、株と為替は、ウォール街のご意見番といえども難しいようです。成長率1%でも130円、2%でも130円というのは、背景が異なるようですが(アベノミクスと米金利高)、130円がキャップになっているというのが興味深いです。
ウィーン氏は10大予想以外にも、少しのサプライズだがとして更に5項目加えています。追加の5項目の予想は以下の通りです。
- トランプ氏はワシントンでの生活に疲れ、ホワイトハウスをニューヨークやフロリダに移す。
- 米民主党内の左派勢力が強まり米民主党は二分化。
- 雇用の米国回帰は失敗
- トランプ大統領にとって最初の軍事的衝突は北朝鮮
- インドが7%超の成長。インド・中国の株式が他の新興国株式より上昇する。
昨年はBrexitやトランプ氏勝利などサプライズな出来事が多かっただけに、今年の予想はあまりサプライズな予想ではないとの印象を受けます。逆に起こる確率は低いのではないかと思える予想として、「中東情勢の鎮静化」があります。米露の関係改善からシリア休戦、ISの脅威低下は、可能性としてあるかもしれませんが、新たな火種としてトランプ氏の親イスラエル路線が、中東を緊張状態におくかもしれません。トランプ氏はイスラエルの米大使館をエルサレムに移転すると公約しています。エルサレムはユダヤ教、イスラム教、そしてキリスト教の聖地です。米大使館の移転はエルサレムをイスラエルの首都と認めることを意味するため中東諸国の反発を招きます。実は、移転は米議会で可決されており、クリントンもブッシュ(子)元大統領も就任前は公約として支持していましたが、法律の執行は先送りしてきました。しかし、今回は、過激な発言や行動の実績があるトランプ氏が大統領になることから警戒心が中東諸国に広がっています。ヨルダン政府は「超えてはならない一線だ。破滅的な影響を与える」と指摘しています。また、アラブ連盟(22か国)は「テロや暴力を助長する」と警告しています。実際に移転を実行すれば、中東の地政学的リスクは相当大きくなり、米国は世界中でテロの標的になるかもしれません。トランプ氏の過激な公約の中で最も過激な公約であり、ハッサクも最も注目している公約です。
みずほ総研のとんでも予想2017
もうひとつおもしろい10大予想をご紹介します。昨年もこのコラムで紹介しましたみずほ総研が作成している「とんでも予想2017」です。予想される出来事は、「起こる可能性は低いが、発生・実現した場合の影響が大きく、かつ、その重要性が高く、注目すべき事象」と説明されています。昨年は第1位に「米大統領選のトランプ氏の当選」を挙げていました。今年はどうでしょうか。以下がその「とんでも予想」です。
アベノミクスも大型減税。カジノ法案成立を受け、観光目玉として「トランプホテル」を誘致
- 米国で資産バブル発生。ダウは23,000ドル台、米長期金利は3.5%超に上昇。
一転してTPPも批准し、トランプ大統領の好感度が急上昇 - 米国が中国に接近。日米がAIIB(アジアインフラ投資銀行)に加盟
米国で中国製新幹線が導入される - トランプ大統領から日銀の政策は円安誘導と批判され、長期金利の上昇を許容。出口政策への警戒から超長期金利が急上昇
- サミットで金融緩和抑制と積極財政政策が合意され、安倍政権は財政健全化計画の凍結と大規模な財政出動を宣言し、ヘリコプターマネー政策に。世界的にも財政拡大の潮流へ
- 欧州で難民急増からEUへの不満爆発。独仏伊で右派政党が勝利し、ユーロ崩壊の連鎖へ
- 英国議会でBrexitが否決され、解散・総選挙の末、Brexit撤回へ。移転見込み先の独仏で不動産価格が下落する一方、英国で急反発。英国ではバブル懸念も
- 貧困に耐え切れなくなった北朝鮮の国民が日中韓に大量に流入し、アジアでも難民問題に
- 10年周期の経済・金融危機のジンクス(※)が現実に
新興国経済の急減速が先進国にも波及、欧州では金融問題が深刻化するドミノ現象に - 世界的な異常気象から食料不足が深刻化。世界は低インフレを脱出するが景気後退へ
トランプホテルの誘致、米国が中国製新幹線導入と、今年もおもしろい予想が出ていますが、TPP批准、米中接近、日米AIIB加盟、円安誘導批判、ヘリコプターマネー政策、ユーロ崩壊の連鎖、Brexitの撤回、北朝鮮難民問題、10年周期の経済・金融危機、異常気象による食料不足の深刻化と、とんでもない予想というよりも、実現するかどうかは別として市場テーマとして留意しておく必要があるテーマばかりです。今回紹介したこれらの予想は、「びっくり」でも「とんでもない」予想であっても、また、当たる当たらないよりも、マーケットが注目するであろうテーマが凝縮されている点で非常に参考になります。今年は、トランプ新大統領と欧州の政局によって昨年よりもサプライズの頻度が多くなるかもしれないため、これらの予想も非常に役に立つかもしれません。