昨年は、Brexit(英国のEU離脱)やトランプ候補の勝利という政治要因によって相場が大きく動きました。今年も、トランプ新大統領の政策や欧州の政治リスクなど政治要因によって大きく動く可能性が予想されます。これらの要因は、ほとんどの投資家が今年のグローバル・リスクとして捉えていますが、それ以外にグローバル・リスクはないか相場シナリオを予想する上で考えておく必要があります。グローバル・リスクとは経済要因や政治要因を含めた、世界全体に影響を及ぼすリスクのことです。そこで参考になるのが専門家の予想です。毎年、このコラムで紹介しているユーラシア・グループの「世界10大リスク」はマーケットで最も注目されている予想です。

ユーラシア・グループ「2017年世界10大リスク」

ユーラシア・グループは1998年に設立された米国の会社で、60余名のアナリストを抱える世界最大規模の政治リスク専門コンサルティング会社です。マーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしています。社長のイアン・ブレマー氏は国際政治学者で、6年前の2011年に既に「Gゼロ」の時代が来ると指摘したことで一躍有名になりました。「Gゼロ」とは、世界を動かすのはG7(先進国の7か国グループ〈日米英独仏伊加〉、すなわちGroupof Seven=G7)でもなく、G2(米中)でもなく、Gゼロ、つまり「リーダーなき世界」を意味しています。

「世界の10大リスク」は毎年年初に発表されます。情報自体は有料ですが、数日たつと新聞やネットで概要が公開され、またTVニュースでも特集されるので、それらを参考にすることが出来ます。「2017年の世界10大リスク」は以下の通りです。参考までに「2016年世界10大リスク」を横に並べました。対比することによって、注目されるリスクがどう変化していったかがわかります。

2016年も2017年も、上位は「米国」「欧州」「中国」の政治リスクが占めています。2016年の「(欧米)同盟の空洞化」は、トランプ氏が勝利したことによって現実味を帯びてきました。トランプ次期大統領は、欧州との最も需要な軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)について欧州の負担が少なすぎると批判しています。2017年の米国については、「独立した米国」が最大の政治リスクだと指摘しています。このことは多くの投資家が予想していることだと思いますが、ブレマー氏は、世界の安全保障、貿易及び価値の推進の防壁だった米国覇権、いわゆる70年にわたる「パックス・アメリカーナ」の時代が終わり、Gゼロの世界が本格的に到来したと明言しています。

「独立した米国」は、米国の孤立主義ではなく、トランプ氏が「アメリカ・ファースト」を繰り返し主張してきた米国第一主義、米国単独主義を意味します。世界情勢において必要不可欠な役割を果たしてきた米国の責任からの独立を意味し、国際機関や同盟諸国から背負い込んだ重荷を投げ出すことを意味しています。米国にとって利益がない場合、あるいは米国による「公共的利益」の提供が他国のただ乗りを許すような場合には、もはや米国はそれをすべきではないということを意味していると説明しています。軍事面において全く行動しないということではなく、米国の利益を守るためならば実力行使する意志があることを示し、経済面では、国による産業分野への積極的な政策的介入を、また、米国の利益にならない条約(NATO、「一つの中国」政策、気候変動に関するパリ協定、NAFTA〈北米自由貿易協定〉)によって制約されるべきではないことを意味していると説明しています。

既にトランプ氏の自動車業界に対する発言によって、各社の投資戦略に影響を与え始めています。トヨタもやり玉に上がりました。自動車業界のみならず、他の産業界も戦々恐々としているようです。これから昨年第4四半期の企業決算が発表されますが、昨年11月以来のドル高が企業決算にどの程度影響を与えているのか注目です。もし、ドル高が多くの企業の減益要因として浮上してきた場合、トランプ氏はツイッターでドル高は米国の利益にならないと触れてくるかもしれません。リスクシナリオとして留意しておく必要があります。

欧州については、欧州政治の象徴だったドイツのメルケル首相が弱体化すると指摘しています。ドイツの選挙で連続4期首相になることは間違いないが、また、欧州が今ほど強いメルケルを必要としている時はないが、メルケル首相は国内批判などの懐柔政策によってその存在感が小さくなり、役割を果たすことが出来ないだろうと指摘しています。

中国については、同レポートは秋の中国共産党第19回全国代表大会に注目しています。2期目に入る習政権は、最高指導部が大幅に入れ替わる予定で、「(1978年の)改革開放以降で最も複雑なイベントになるだろう」と予想しています。習主席の指導力に改めて注目が集まる中で、自国の利益に反する外交問題には敏感に反応するリスクがあり、また経済政策については、国内の安定に強く焦点が当たり、行き過ぎた政策によって世界経済を動揺さす可能性があると指摘しています。トランプ氏の「ふたつの中国」を認める発言や行動が今後も続くと、秋に近づくにつれて習政権は過敏に反応するかもしれません。昨年は中国の経済要因がマーケットに大きな影響を及ぼしましたが、今年は政治要因による政治リスクと経済リスクの可能性という指摘は興味深い点です。中国の政治要因は、まだマーケットでは大きく注目されていませんが、今後は常に留意しておいた方がよいかもしれません。

ユーラシア・グループの予想は、Brexiやトランプ勝利を予想したわけではないですが、大きな流れは的を外していないと思われます。その流れの中でBrexitが起こり、トランプ次期大統領が誕生したことがわかります。今年もサプライズ的な出来事は起こるかもしれませんが、大きな流れを理解しておけば、突発的な出来事が発生しても、大きな流れの中での出来事として位置付けることが可能となり、相場シナリオを描く上でも必ず役に立つと思われます。

PHP総研のグローバル・リスク分析

日本でも毎年、PHP総研がPHPグローバル・リスク分析を発表しています。毎年12月に専門家集団が実名入りで分析し発表しています。このレポートは発表と同時にネットで見ることが出来、またアジアの分析や日本への影響にも触れているため参考になります。PHP総研が発表した2017年版10大リスクは以下の通りです。