リスクテイクの度合いを考えてみる

どれだけのリスクを取るかは、個人の自由です。制限があるとすれば、保有する資産とそれを担保に与えられる信用以上の投資を行うことはできない、というくらいでしょうか。

しかし、高いリスクを取った責任は自分に返ってきます。結果としてのリターンが高ければ高いリスクは十分に見合うわけですが、必ずしも相場は希望通りには推移しませんので、高いリスクが大きな損失になる可能性も高くなります。

余裕資金での資産運用においては、リスクテイクの度合いをどれだけ取るかは、ほとんど「好み」の世界になります。取りたい人は取ればいいし、取りたくない人は取らなければいいわけです。しかし、自由にリスクを取りなさい、と言われても困る人もいることでしょう。

今回は「あなたはこのくらいのリスクテイクがちょうどいい」というポイントを考えてみます。
もちろん、キーワードは老後資産形成です。老後資産形成を意識することで、リスク管理のイメージが作りやすいのです。

老後資産作りは全損リスクの回避からスタートする

老後資産作りは、いわゆる余裕資金での運用と異なります。それは「すべてなくしては困る」という点です。高いリスクを取ってすべて失っても、生活に支障のない資金であれば、またお金を貯めて再チャレンジすればいいでしょう。しかし、老後のための年金資産を60歳までになんとか3,000万円貯めたいと考えているのに50歳でゼロになるというのは困ります。

50歳であわてて、ゼロからリスタートしても老後資産形成はもう間に合わないでしょう。負けを取り戻すためにさらに高いリスクを取るような運用方針になることもおすすめできません。またゼロになる可能性があるからです。

その意味では投資資金を全損する恐れのある投資を回避することが老後資産形成におけるリスク管理の第1ポイントになります。

となるとレバレッジをかけた運用のリスクは高すぎるのではないか、ということになります。信用取引、レバレッジをかけたFX等は実際の保有額以上にポジションを取りますから、値動きによっては資産をすべてなくす恐れがあります。
きちんと運用管理ができればいいのですが、普通の会社員が常に売買注文を出せるわけではありませんので、大きな価格変動時にすぐ対応できないこともあります。少なくとも老後資産形成を考えるなら、こうした運用の選択肢を取る必要はないといえます。

無理なく、全損のリスクを避けて老後資産作りを続けていきたいという人は、レバレッジをかけて運用をする必要はない、ということになります。
これで大きな値動き、特に大きな値下がりにより資産を一気に半減させたり全損したりするリスクを取らなくてすみます。

投資対象の集中を回避してリスクを抑える

次のステップは、特定の投資対象に資産の値下がりが依存する状態を避けるということを考えてみます。

期待リターンを高める努力は当然のことですが、個人の資産運用においては、リスクを抑え大きな損失を避ける努力も重要です。そして、リスクを抑える工夫についてはまだ十分に理解されていないように見えます。

例えば、2010年度の運用成績はどれくらいだったでしょうか。インデックスベースでみると日本株-9.23%、外債-7.38%でしたが、それ以上のマイナスであった人が多いのではないでしょうか。特定の株式が値下がりして運用成績を引っ張ったり、焦って実行した売買タイミングが裏目に出たり、思った以上の円高にしてやられた、という人が多かったものと思います。

2010年度のマーケットは大変難しい局面が続きましたが、もしあなたの2010年度の運用成績が-1%より低いのであれば、確実にリスクを抑える工夫が不足しているといえます。なぜなら2010年度、国の年金運用は-0.25%、企業年金連合会の運用は-0.52%に踏みとどまっているからです。

分散投資について懐疑的である人も多いと思いますが、リスクを抑える方法として、特定の投資対象への投資を控えることは今でも有効な投資戦略です(分散投資はそもそも元本割れしないことを保証するわけではない)。

個人の老後資産形成においては、個別銘柄を選び売買タイミングを見計らうような運用をコアにするより、インデックスを活用し、国内外の資産に分散を行うほうが、リスクを抑えて安定的な運用が行えるようになります。国内株式一点張りも、外国株式一点張りも、値動き(特に下落時の影響)が大きすぎます。
期待リターンが仮に同じ5%でも、分散投資して±15%程度に納めるのと、±30%の幅でリスクテイクしていくのとでは値動きはまったく異なります。後者のジェットコースター運用のほうが大きく下げすぎたときの分を回復する苦労が大きくなるからです。

また、インデックス運用を活用することは、同一アセットクラス内での銘柄分散の機能もあります。例えばTOPIXで運用するインデックスなら東証一部上場の約1,600社に同時に投資をすることになりますから、個別銘柄がストップ安に陥ってもインデックス全体では大きな影響が出ずにすみます。
近年、安定的に業績を上げていた有力銘柄が短期で大きく株価を落とすケースが目立ちますが、単一銘柄への投資は高い成長銘柄を見つける可能性と同時に、市場より大きく下げる可能性も持つことになります。

老後資産形成はジェットコースター運用より、階段を一歩一歩上るようなアプローチが向いています。会社員の資産管理としてもインデックス運用をベースとしたほうが、日々の管理負担が軽減されます。

参考としての年金運用のポートフォリオ

リスク管理の方法やポートフォリオの検討は重要なテーマです。今後また取り上げていきたいと思いますが、国の年金運用(GPIF)と、一般的な企業年金の資産配分を図に示します。これが個人にとってのベストポートフォリオというわけではありませんが、分散の参考にしてください。

なお、国の年金運用でいえば、ポートフォリオの期待リターンは3.37%、リスクは5.55%としています。つまり、100年に1度くらいのリスク(2標準偏差)で考えても、+14.47%~-7.73%で収まる運用計画ということになります。大きく値を下げたときでも資産全体で10%程度の元本割れであれば回復のチャンスは十分あります。実際、国の年金運用はリーマンショックのような強烈な下げ相場の時期も年度ベースで-7.57%の下げが最大でした(2008年度)。過去8年では平均2.43%の収益を確保しています。
なお、企業年金運用のほうが積極的な投資方針ですが、こちらは2008年度に-17.8%という大きな下げを記録していますが、2005年度には+19.16%の収益をあげるなど、国の年金運用より値動きの大きい運用方針を選択しているからです(ちなみに国の年金運用は2005年度、+9.88%と抑えられる)。
また、企業年金運用が大きく下落するといっても無制限に下落することはなく(企業年金では某共済のようにデフォルト国債に集中投資していたような愚を犯すようなことはない)、資産を一気に半減させるようなことは回避されていることが分かります。

働きながらとれるリスクテイクも考えよう

最後にリスク管理について、もうひとつ指摘しておきます。それは、「仕事をしながらする運用」のリスク度合いです。
具体的な例をあげれば、上司から「今日は会議ね。午後2時から3時」と言われて、焦ってしまうような運用を、老後資産形成で行う必要はない、ということです。

会社員として働いている人は、働くことそのものが第一です。会社に行ってきちんと勤め上げれば一定額の収入を確実に得られるのは「運用」として考えても重要です。元本割れのリスクに相当する危険も急な失職を除けばほとんどありません。会社都合の解雇であれば雇用保険というリスクヘッジも用意されています。

資産運用に夢中になるあまり、仕事をおろそかにすることは長い目で見て大きな「運用損」になる可能性があることは意識しておきましょう。iSPEED等で携帯電話やスマートフォンから運用指図をできるのは便利ですが、可能な限り業務時間内の発注は控えましょう(予約注文の仕組みをしっかり活用すればお昼休みに発注を終えることは可能でしょう)。

しょっちゅうスマートフォンを抱えて中座していると、同僚には「また、株かよ」とバレバレですし、仕事への集中力を欠いていることが、結果として個人の業績を落とす恐れもあります。ひいては年収増の機会損失になるようでは本末転倒です。昇進による年収50万円アップの機会を10年遅らせれば500万円の「運用損」ですが、それに見合う運用益を「確実に」上げられるかじっくり考えてみてください。

私は、投資も仕事も同時に実行できる程度に運用の負担を抑えるべきだと思います(家庭生活に支障のない程度にすることも必要だと思います)。

リスクを抑えることは、運用にタッチする負担を軽減することにもつながります。老後資産形成は定年退職を迎えるまでずっと続けなければならない運用です。20~30年にわたって続けられることを前提として運用方針も考えるべきです。

長く投資を続けていくためにも、一度、自分がどれくらいのリスクを取るのが適当か、考えてみてはどうでしょうか。
そのほうがむしろ、投資を長く続けることができ、大きな収益機会につながるかもしれません。

老後資産作りを意識したリスク管理

(参考) 年金運用のポートフォリオ