問題になるのは「その他の包括利益」が与える影響

前回のコラムでは、新たに日本企業に開示が義務付けられた「包括利益」がいったい何なのか、ということをご説明しました。今回はそれを踏まえ、包括利益の導入により個人投資家の株式投資に対して何か大きな影響があるのかどうか、考えてみたいと思います。

当期純利益は包括利益に内包されますから、包括利益のうち当期純利益相当額については特段問題にはなりません。問題になり得るのは包括利益から当期純利益を差し引いた「その他の包括利益」が及ぼす影響についてです。

株価や為替に大きく影響される包括利益

「その他の包括利益」は、簡単にいえば企業が保有する資産・負債における時価の変動額です。そのため当期純利益と比較して、包括利益は企業業績や企業努力とは関係のない、保有する株式の時価や為替レート次第で大きく変動してしまう可能性があります。

日経ヴェリタス2011年6月5日号によると、例えばトヨタ自動車の平成23年3月期の当期純利益は4,081億円でしたが、その他の包括利益のうち有価証券評価差額金がマイナス276億円、為替換算調整勘定がマイナス2,995億円などとなり、包括利益は1,102億円にとどまりました。株価や為替の影響によって、包括利益が当期純利益より3,000億円近く減少しているのです。

当期純利益を包括利益に置き換える必要性は低い

では、私たち個人投資家は、包括利益をどのように活用していけばよいのでしょうか。

包括利益は、企業が保有する資産・負債の時価の変動をストレートに受けてしまうのが難点です。つまり、企業努力の及ばないところで利益が変動してしまうのです。

また、包括利益は株価や為替レートに大きく左右されるため、当期純利益に比べて予測可能性が低くなります。企業の将来の業績予想を行う際、当期純利益に代えて包括利益を用いる必要性はあまり感じられません。

したがって、企業の業績評価や将来の業績予想に包括利益を用いるのはあまり意味がなく、従来通り当期純利益を用いればよいと思います。

貸借対照表ではすでにその他の包括利益の増減は反映済み

しかし、利益を業績や収益力という観点ではなく、「貸借対照表からみた企業価値」や「安全性」という観点からとらえると、包括利益の有用性を見出すことができます。

企業が利益をあげると、それと同額だけ貸借対照表の純資産の額が増加します。純資産の増加は安全性の向上を意味します。これは当期純利益だけでなく包括利益でも同じです。当期純利益は同額の株主資本の増加を、包括利益は同額の純資産の増加をもたらします。

包括利益の増減は純資産の増減に直結しますから、1株当たり純資産(=貸借対照表からみた企業価値)と株価の関係を示すPBR(株価純資産倍率)や、企業の安全性をみる指標である自己資本比率にも影響を及ぼします。

当期純利益と包括利益の差額が大きい企業は、企業自身が有する資産や負債が時価の変動というリスクにより多くさらされていると想定できます。そのため、市場環境の悪化・停滞が続けば、純資産の減少を招き、それが株価形成上マイナスの影響を与えることも十分に考えられます。

ただし、その他の包括利益の増減は、すでに貸借対照表の純資産の「評価・換算差額等」の増減を通じて以前から反映されていました。そのため、包括利益の開示がはじまったとはいえ、PBRや自己資本比率などの使用上、新たに注意するような点はないといえます。

包括利益と当期純利益の比較程度で十分

以上をまとめると、私たち個人投資家としては、企業の業績を評価したり、PERを用いる場合、今までどおり利益は当期純利益を使えばよく、当期純利益を包括利益に置き換えてPERを計算するようなことは不要と筆者は考えます。また、PBRや自己資本比率を使う際も、新たに特段注意する点はありません。

包括利益は、その企業の有する資産や負債がどれだけ市場リスクにさらされているか、そして市場リスクにさらされる資産・負債が多い企業は純資産の変動が高くなり、ひいてはPBRや自己資本比率といった指標に影響を及ぼす可能性がある、という点を注意しておけばよいでしょう。平成23年3月期決算にて各社が開示した包括利益と当期純利益を最新の会社四季報などで比較して、「1年間に日経平均株価が○○円下がって為替レートが○○円円高になると、この企業の包括利益はこれだけの影響を受けるのか」という点をみておけば十分ではないかと思います。