日本銀行が3月18、19日の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決め、2013年4月から続いた「異次元緩和」を終了し、政策転換に踏み切りました。日銀きっての理論家として知られた、翁邦雄・元日銀金融研究所長(京都大公共政策大学院名誉フェロー)に今後の追加利上げの見通しや住宅ローン金利、為替相場などへの影響について、聞きました(インタビューは3月22日に実施しました)。
住宅ローン当面上がらない見込み、将来の金利上昇で返済期間長期化も
――日銀が3月の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決定しました。これまで政策金利(短期金利)として日銀当座預金の一部(政策金利残高)にマイナス0.1%の金利を適用してきました。今回、政策金利をマイナス金利導入前の無担保コール翌日物レート(銀行や証券会社など金融機関同士が手元資金の余剰や不足を調整するため、コール市場で資金を無担保で借りて翌日に返済する際の金利)に戻し、それを0~0.1%程度に誘導すると発表しました。このマイナス金利解除で、企業には資金調達コストが増える影響も見込まれますが、どうみますか?
日銀は政策金利として、無担保コールレート翌日物を0~0.1%程度に誘導すると発表していますが、理論的にはコールレートの水準は0.1%に収束するはずです。日銀は今回の変更で、民間の金融機関が日銀に預け入れる日銀当座預金には0.1%の利息を付けることにしました。
民間の金融機関にとっては日銀が0.1%の金利で預かってくれるものを、それより低い金利で、市場に放出するのは非合理です。日銀当預の付利水準とマーケットの運用金利との裁定が起きるので、日銀当預に付利する0.1%がコールレート翌日物の水準になるはず、ということです。
マイナス金利の解除やその後の利上げによって、今後、貸出金利が上がっていけば、企業にある程度の影響が出るのは間違いありません。金利上昇により、赤字企業や倒産が増えることが問題だという議論は当然あり得ます。
ただ、国際的に見て、日本は企業の退出が少なく、新陳代謝が極端に不活発であることが知られています。企業の倒産を恐れるよりも、金利上昇によって企業の新陳代謝を促して、生産性が低い企業と生産性が高い企業の選手交代が起きていくことが必要だと思います。そうでないと賃金も上がりません。
ただ、転職が必要になる労働者にしわが寄らないよう、しっかりしたセーフティネットで守り、リスキリング(学び直し)を充実させて人的投資につなげていくことが経済を成長させる道だと思っています。
――家計では住宅ローン金利が上がると懸念されています。
現状では、住宅ローンの変動金利に影響する短期プライムレート(金融機関が優良企業向けの短期貸し出しに適用する最優遇金利。住宅ローンは短プラに一定の金利を上乗せし、個人の信用力に応じ優遇幅を差し引く)はあまり上がらないのではないでしょうか。
日銀がマイナス金利を導入した当時に民間の金融機関が短プラを下げなかったからです。そのため、住宅ローンは当面は大きく上がらないと思います。(大手5行が4月に適用する変動型の住宅ローン金利の据え置きや引き下げをその後発表しています)
しかし、いずれ政策金利がさらに上がれば住宅ローン金利も上がります。その場合、住宅投資そのものも抑制されますが、同時に既に住宅ローンを変動金利で借りている人の消費を抑える影響が大きくなっていく、とみています。
異次元緩和が始まる前は、変動金利でローンを組む人が5割程度で、固定金利で借りる人が2割ぐらい、異次元緩和開始の半年後には、変動金利は3割台でした。しかし、その後の超低金利の恒常化で変動金利が有利な時代が続いたため、今は7割を超える人が変動金利ローンで借りています。
変動金利で住宅ローンを借りている人については、金利が上がり始めると、返済負担が増えるわけです。返済負担が増えると、支出全般に影響が出ます。
住宅ローンには、多くの金融機関で「5年ルール」(金利が変わっても5年間は毎月の返済額が変わらない)や「125%ルール」(5年経過後も毎月の返済額は元の125%の額までしか上がらない)があって、金利負担がいっぺんに増えない仕組みがあります。ただ、その分だけ元本の返済が遅れるので、返済期間が延びます。
それが何をもたらすかというと、例えば、定年時に住宅ローンを完済するはずだった人が金利上昇で年金生活になっても住宅ローンを抱え続ける、といったことが起きる。そうした将来の負担増加が鮮明になると、個人消費が押し下げられる効果は強まるはずです。