重みを増す「多角的レビュー」~柔軟で機動的な政策運営への転換~

 ここで、ちゃぶ台返し。仮に、日銀が3月にマイナス金利政策を解除するとして、そもそも「物価安定の目標」の実現が「十分な確度をもって見通せる状況になった」と宣言してしまって大丈夫なのでしょうか。

 実際に消費者物価が前年比2%に収束していくか不確実ですし、結局2%より低い水準に落ち着いてしまった場合、2%にならなかったじゃないかと批判されることにもなりかねません。植田総裁ならずとも、今の段階で2%実現が見通せると宣言することには、ためらいを感じるのではないでしょうか。

 しかし、そもそもインフレーション・ターゲティング(物価目標)という金融政策手法は、インフレ率を特定の数値にピンポイントで誘導するような厳格なものではありません。金融政策運営の柔軟性や機動性を担保するため、目標値にある程度インプリシットな幅を持たせ、柔軟に捉えるのが普通のやり方です。

 日銀でも、現在のようなガチガチな運営から、インフレーション・ターゲティング本来の柔軟な運営に移行する必要があります。そうした運営の下でなら、2%実現が見通せると宣言するハードルは高くないですし、金融政策の柔軟性・機動性も回復、市場の副作用も軽減することになります。

 以前から指摘している通り、そうした柔軟な運営へ移行するための仕掛けが「多角的レビュー」ではないかとみています。多角的レビューとは、現在日銀が行っている、これまで長年にわたって行ってきた非伝統的金融政策に対する検証のことで、昨年12月に1回目のワークショップが開催され、今年5月に2回目のワークショップが開催される予定です。

 そこで、消費者物価上昇率が2%に収束する蓋然(がいぜん)性や、物価安定の目標「2%」の政策運営における位置付けなどが議論され、その結果をもって、その後の金融政策運営を柔軟な本来のインフレーション・ターゲティングに移行することが、現時点で想定され得るベストシナリオだと考えています。

2003年3月19日の日本経済新聞『経済教室』によるヒント

 その柔軟な運営に関して重要なヒントとなり得る、20年前の記事を紹介しておきます。2003年3月19日の日本経済新聞『経済教室』に掲載された、学者グループによる金融政策の提言です(図表4)。

<図表4 2003年3月19日日本経済新聞『経済教室』より抜粋>

(出所)日本経済新聞、楽天証券経済研究所作成

 福井俊彦氏が日銀総裁に就任する前日に掲載されたこの記事、ITバブル崩壊後のデフレに非伝統的な金融緩和で立ち向かおうと、国内の著名経済学者9名が新総裁就任のタイミングに合わせ、国債やリスク資産の積極購入、物価目標の設定などを提言し、話題となりました。

 注目してほしいのは、提言の中の「目指すべき物価の安定とは1~3%のマイルドなインフレと理解すべきだ」、「その後のインフレ目標(例えば2%プラスマイナス1%)をただちに設定すべき」とのくだりです。多角的レビューで一定の成果が得られた後、物価目標をこの提言にある「2%プラスマイナス1%」という柔軟なものに切り替えてはどうでしょうか。