不動産税の導入が延期された理由

 今年に入り、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込めるために取られた「ゼロコロナ」策が解除され、経済活動の正常化が期待されました。経済成長率の年間目標が昨年より0.5ポイント下方修正され5.0%前後に設定された3月、元財政部長の楼継偉(ロウジーウェイ)氏が論考を発表し、「不動産税は地方税として最適な税であり、経済が正常に成長するようになった後迅速に試験区を展開していくべきだ」と主張しています。

 実際、第1四半期の不動産市場には若干の回復が見られ、不動産税の導入も秒読みだと私も予測していましたが、第2四半期の落ち込みといった要因も作用し、景気回復の遅れが懸念される中、不動産税の導入が先送りされたということでしょう。

 確かに、不動産危機が騒がれるこの状況下で不動産税を導入すれば、国民の住宅購入欲は下がるのが必至です。8月下旬以降、北京、上海、広州、深センといった大都市を中心に、地方政府が実施している市民の住宅購入を促すために実施しているテコ入れ策とも矛盾します。不動産税が立法化し、実際に導入されるまでの期間、多くの国民が所有している住宅を売却する事態も容易に想像できます。

 中国経済にとって、景気回復が足元の最優先事項である現状において、不動産税の導入は不適切であるという判断が指導部の中で下されたというのが実態なのでしょう。

 不動産税の導入に関して、最後に一つ重要な焦点を挙げておきます。それは、巨額の債務に苦しむ地方政府からすれば、不動産税の導入は喉から手が出るほど欲しい政策という点です。例として、2011年試験的、局地的に不動産税を導入してきた上海市の今年上半期の税収は1兆623億元でしたが、うち不動産税による収入は約154億元で、税収全体の約1.5%を占めました。不動産税が全国的、本格的に導入されれば、地方政府にとっての重要な財政源になるのは間違いないでしょう。楼継偉元財政部長が指摘しているとおりです。

 今後、不動産危機が徐々に解消され、中国経済全体が上向いていく場合、どこかのタイミングで不動産税の立法化が再び議題に上がるのかどうか。最高指導者である習近平総書記自身が掲げた政策でもあり、それを安易に引っ込めることはできないでしょう。

 いずれにせよ、不動産税の導入は中国経済にとって、不動産市場、経済構造、成長モデル、税システム、地方財政、個人消費、材料価格、国民の資産運用、出生率、処世術などあらゆる分野に跨る「大事」であり、今後の動向に大いに注目していきたいと思います。

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『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)
2023年9月20日(水)発売/1,210円(税込)