不動産危機が解消されない中で延期された不動産税の立法化

 先週のレポートでも扱ったように、中国経済低迷の重大な原因となっている不動産危機が依然として解消されていません。直近では、中国恒大集団が9月25日、本土部門の恒大地産集団が同日期限の元本40億元(約810億円)と利子の支払いを履行できなかったと発表。    

 債務再編計画の見直しを理由に主要債権者会議を土壇場で中止したり、同集団の元CEO(最高経営責任者)と元CFO(最高財務責任者)が当局に拘束されたり、新規債券発行のために当局が課している資格を満たせなかったりと、問題が相次いでいます。

 中国政府は国民の住宅購入欲を促すためのテコ入れを行うなど、不動産不況の解決のために動いているように見受けられます。中国経済全体としては、工業生産や個人消費を含め、底打ちした感もあり、第4四半期に向けて回復する可能性はあると私も思っています。一方、GDP(国内総生産)の3割を占めるともいわれる不動産業界の先行きは不透明だと言わざるを得ません。

 そんな中、不動産関連で、中国国内で物議を醸した動きがありました。9月7日、中国の議会に当たる全国人民代表大会常務委員会が立法に関する計画を公表したのですが、130件に上った計画の中に、前回の会議で計画に含まれていた「不動産税」(日本の固定資産税に相当)が含まれていなかったのです。

 21世紀に入って以来、約20年にわたって検討され、「秒読み」と目されていた不動産税の導入が先送りされようとしている現状を物語っていると言えます。

不動産税の導入は習近平総書記も真剣に検討してきた

「高すぎる収入を合理的に調整し、個人所得税制度を改善し、資本性所得管理を規範化する。積極的かつ穏健に不動産税立法と改革を推進し、試験的導入にしっかり取り組む。消費税収の調整強度を高め、消費税の徴税範囲の拡大を研究する」

 2021年8月17日、中央財経委員会第十回会議において、習近平(シー・ジンピン)総書記は、共同富裕という国家戦略を推進する観点から、このように指摘しています。

 共同富裕とは、(1)低所得者層の救済、(2)中間層の支援、(3)格差是正などを通じて「経済の底上げ」を中長期的に目指すものですが、立法化を通じた不動産税の導入は、習近平肝いりの政策とも言えるのです。

 習近平のお墨付きを受けて、10月23日、全国人民代表大会常務委員会が、不動産税を一部都市で試験的に導入するための権限を国務院に授与すると発表。期間は5年で、国務院傘下の各省庁が試験地の調査や策定を行い、どの地域に、どの程度の税率で不動産税を徴税するかを決定し、実行していくことが決定されました。

 実は中国では2003年ごろから不動産税の導入が提起されはじめ、2011年から上海市と重慶市で試験的に導入されました。上海市では主に複数の住宅を有している市民に対して、重慶市では主に高級住宅を有している市民に対して納税義務が課されました。

 これを全国的に広げることを視野に入れた上で行われたのが、2021年の習近平談話と全人代の決定です。その後、財政部を中心に、不動産税の立法化に向けた具体的な検討がなされてきましたが、直近の全人代常務委員会でその流れがいったん棚上げされたというのが現状です。

不動産税の導入が延期された理由

 今年に入り、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込めるために取られた「ゼロコロナ」策が解除され、経済活動の正常化が期待されました。経済成長率の年間目標が昨年より0.5ポイント下方修正され5.0%前後に設定された3月、元財政部長の楼継偉(ロウジーウェイ)氏が論考を発表し、「不動産税は地方税として最適な税であり、経済が正常に成長するようになった後迅速に試験区を展開していくべきだ」と主張しています。

 実際、第1四半期の不動産市場には若干の回復が見られ、不動産税の導入も秒読みだと私も予測していましたが、第2四半期の落ち込みといった要因も作用し、景気回復の遅れが懸念される中、不動産税の導入が先送りされたということでしょう。

 確かに、不動産危機が騒がれるこの状況下で不動産税を導入すれば、国民の住宅購入欲は下がるのが必至です。8月下旬以降、北京、上海、広州、深センといった大都市を中心に、地方政府が実施している市民の住宅購入を促すために実施しているテコ入れ策とも矛盾します。不動産税が立法化し、実際に導入されるまでの期間、多くの国民が所有している住宅を売却する事態も容易に想像できます。

 中国経済にとって、景気回復が足元の最優先事項である現状において、不動産税の導入は不適切であるという判断が指導部の中で下されたというのが実態なのでしょう。

 不動産税の導入に関して、最後に一つ重要な焦点を挙げておきます。それは、巨額の債務に苦しむ地方政府からすれば、不動産税の導入は喉から手が出るほど欲しい政策という点です。例として、2011年試験的、局地的に不動産税を導入してきた上海市の今年上半期の税収は1兆623億元でしたが、うち不動産税による収入は約154億元で、税収全体の約1.5%を占めました。不動産税が全国的、本格的に導入されれば、地方政府にとっての重要な財政源になるのは間違いないでしょう。楼継偉元財政部長が指摘しているとおりです。

 今後、不動産危機が徐々に解消され、中国経済全体が上向いていく場合、どこかのタイミングで不動産税の立法化が再び議題に上がるのかどうか。最高指導者である習近平総書記自身が掲げた政策でもあり、それを安易に引っ込めることはできないでしょう。

 いずれにせよ、不動産税の導入は中国経済にとって、不動産市場、経済構造、成長モデル、税システム、地方財政、個人消費、材料価格、国民の資産運用、出生率、処世術などあらゆる分野に跨る「大事」であり、今後の動向に大いに注目していきたいと思います。

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