日銀の政策修正、日本国債市場に注目を

――日銀の政策修正はいつありますか? 植田和男総裁は緩和継続の姿勢を示し、意外にハト派だったと受け止められていることも日本株好調の理由の一つになっています。一方、中長期的には大規模緩和からの脱却もテーマです。日銀の政策修正を占う上でどういった指標を見たらいいでしょうか?

 日銀が政策を変えるシナリオは二つ考えられます。一つはインフレが今より進んで、国民に不満がたまって、日銀に政治圧力がかかるとき。もう一つはこのまま日本国債に買い手がいなくなり、日本の債券市場が機能しなくなるとき。

 インフレに関しては、日本人の物価高に対する不満は海外に比べてそんなに高くありません。インフレへの不満が高まったら、自民党政権が転覆する。それだけパワフルです。今の日本は、物価は高くなっているけど、円安で企業業績が好調だったり、コロナ禍後の経済活動が活発化したりしていて、労働者の収入も上がってきています。

 日銀は米国ほどの物価高は起きてないからそこまで切羽詰まっていない。植田総裁はCPI(消費者物価指数)の上昇についてあまり懸念してなく、インフレは一時的で長く続くと思っていないとみています。日本も日銀もマインドはデフレのままで、長い低インフレ時代が続いた後遺症です。

 ただ考えないといけないのは、台湾有事が南シナ海で発生して、中国から日本にモノが来なくなれば、ハイパーインフレ(過度なインフレで、通貨が信用を失い暴落すること)が起きます。日本人は過去30年間のデフレや低インフレにとらわれてしまって、インフレへの危機感がありません。

(生鮮食品を除く総合指数、前年度比の騰落率。2023年度以降は日銀見通し。総務省「全国消費者物価指数」、日銀「経済・物価情勢の展望」(2023年4月)からトウシル作成)

――日銀が保有する日本国債の割合(短期証券を除く)は昨年9月末に初めて発行残高の5割を超え、昨年12月末時点には52%となり、拡大が続いています。

 日銀が唯一、懸念しているのは国債市場をどうするかという話だけです。それ以外はあまり気にしていないと思います。そうなると、日銀は米国みたいなドラスティックな引き上げではなくて、微調整しかしないのではないでしょうか。 

 黒田東彦前総裁は(金融緩和に積極的な)ハト派だったけど、現時点で植田氏は黒田氏ほどハト派だとは思いません。政策修正に動く時期を見ているのでしょう。今は中国の景気が悪く、4月の生産者物価指数は前年同月比3.6%の低下でマイナスになっています。日本もインフレは一時的でもう一回デフレになって、景気が悪くなるかもしれない。日銀は変に引き締めをしなくてもいいと思っている可能性もあります。

 日銀には1980年代後半のバブル経済期に不必要に引き締めを急いで景気をハードランディング(急激な失速)させてしまったトラウマがあることも緩和修正には重しになっています。

 ただ、日銀は今、景気がいいうちに金融政策をある程度正常化させておかないと、またリーマン・ショックのようなことが起きたら、打てる金融政策がありません。米国のFRBは政策金利をリーマン・ショックの一因となったサブプライムローン問題が表面化する前と同じ水準(5.0~5.25%)まで上げました。今後、米景気の悪化が鮮明化しても、景気刺激策として1、2年は利下げを続けられます。

 一方、日銀はマイナス金利政策を続けており、これ以上の利下げ余地はありません。量的緩和、国債やETF(上場投資信託)の購入もしていて、これ以上打つ手がない。今の金融緩和政策は永遠に続けられません。(取材はトウシル編集チーム 田嶋啓人)

 エミン・ユルマズ氏 1980年生まれ。トルコ出身。1997年に日本に留学し、東大院修士課程修了。2006年野村証券。2016年から複眼経済塾取締役・塾頭。近著に『エブリシング・バブルの崩壊』『大インフレ時代!日本株が強い』