ウォール街ご意見番のサプライズ十大予想

 今回のコラムでは、経済・金融の「世界十大予想」をご紹介します。前回の「2023年の為替相場を揺さぶる『世界十大リスク』」は、政治リスクや地政学リスクの分析を専門とするユーラシア・グループによる「世界十大リスク」のお話をしましたが、経済・金融の専門家による「世界十大予想」はどのような予想になるのでしょうか。

 年末年始になると、エコノミストや銀行・証券会社から新年の経済や金融の見通しが発表されます。毎年、このコラムでご紹介しているのは、米ニューヨーク・ウォール街のご意見番、投資ファンド大手ブラックストーン・グループのバイロン・ウィーン氏による「サプライズ十大予想」です(最高投資ストラテジストのジョー・ザイドル氏との共同執筆)。

 この予想は今年で1986年以来38回目となる年始恒例のもので、ウォール街で広く注目されています。

 ウィーン氏は「サプライズ」の定義を、「平均的な投資家が発生確率を3分の1程度とみているが、自分は50%以上の確率で起こると信じている出来事」と説明しています。

 昨年のウィーン氏の主な予想は以下の通りでした。

  • 米国株は20%下落後、S&P500種指数は年末までに前年比横ばいに
  • CPI(消費者物価指数)は前年同月比4.5%上昇し、米10年債利回りは2.75%に高まる
  • FRB(連邦準備制度理事会)​は年内4回の利上げ
  • WTI(米国産標準油種)原油は1バレル=100ドル超、金は20%上昇し史上最高値に

 ウィーン氏の昨年の予想は、ウォール街のほぼ全員と同様、インフレの上昇とそれに伴う資産市場への影響を低く見積もっていました。

 予想ではCPIの伸びは4.5%に達し、機関投資家が運用指針にするS&P500種指数は2022年中に20%近く下落した後、前年末比でほぼ横ばい水準で取引を終えると予想していました。

 しかし、実際にはS&P500は予想よりも下落幅が大きく、1月の高値から10月には一時3割近く下落するなど弱気相場入りしました。前年と比較した物価上昇率は9%を上回ったことから、米国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)はインフレ抑制を優先し、株価は回復しませんでした。

 FRBによる利上げは7回実施され、ウィーン氏の予測のほぼ2倍の回数となりました。米10年国債利回りは一時4%を超えました。2022年の取引を3.87%の水準で終え、ウィーン氏の予測の2.75%を上回る結果となりました。

 WTI原油はロシアによるウクライナ侵攻後、3月に1バレル=130ドルを超えましたが、世界景気後退懸念から80ドル割れとなりました。金は強いドル高を背景に史上最高値には及びませんでした。

 このように2022年についての予想は大きく外れ、むしろ現実の方がサプライズの連続となりました。しかし、重要なのはウォール街のご意見番が今年の経済や金融をどのように考えているのかを把握することです。自分の相場観や見方と照らし合わせて、実際に起きた場合に備えて、サプライズになるのか、想定内にとどまるのか、よく吟味しておいた方が良いかもしれません。

今年1位は米大統領選に新顔候補登場

 毎年強気の予想が多いのですが、今年はどのような予想を立てているのでしょうか。

  1. 2024年の米大統領選で有力な新顔が登場
  2. FRBは「金融緩和への転換」を棚上げ
  3. マイルドな景気後退へ
  4. 株式相場は年半ばに底打ち
  5. MMT(現代貨幣理論)の信用失墜
  6. ドル高は継続。長期視点では日本や欧州の資産に好機到来も
  7. 中国は5.5%の成長目標へ前進。西側諸国と通商関係の改善図る
  8. 原油は一時1バレル=50ドルに
  9. ロシアのウクライナ侵攻、年後半に停戦交渉へ
  10. マスク氏買収のツイッター、年末までに業績回復

 以上となりますが、今年もインフレとの戦いは続き、FRBは金融緩和に転換することはないとの見立てのようです。米国株については、金融引き締めが長引くことで米景気はマイルドに後退するものの、今年半ばには底打ちするとの予想です。

 ウォール街の投資家にとって金融引き締めが継続するとの予想は憂うつにさせる内容ですが、米国株の底打ちは実現が待ち望まれるものとなっています。ウィーン氏の予想は、楽観的で強気な予想が多く、当たらない部分も多いのですが、一つの見方として参考材料になります。

 今年のサプライズ予想1位に挙げられている「米大統領選で新顔登場」は実際に起これば、大きなインパクトになります。予想通りに民主党、共和党ともに新たな大統領候補が登場すれば、大統領選挙は思いも寄らない展開となります。

 米国の戦略は大きく変わる可能性があり、世界の政治、経済に大きな影響を与えることになります。投資家は、新候補の出現によって年後半から来年に向けて投資戦略を練り直す必要がありそうです。

 一方で、現時点での市場の今年の予想は、「米国では物価上昇が鈍化する傾向は続き、FRBの利上げペースは0.25%にとどまり、あと数回で利上げは停止される。一方、日本では日本銀行の緩和政策修正は続く」との見方が大勢となっています。

 ウィーン氏のサプライズ予想では日銀の政策修正には触れていません。しかし、日銀の動きこそが今年一番のサプライズになるかもしれません。

日銀、緩和修正しそびれるリスクが一番の番狂わせ!?

 筆者ハッサクにとってのサプライズ予想は、市場が織り込んでいる日銀の緩和政策修正について、日銀がタイミングを逃すリスクです。

 1月20日、世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で日銀の黒田東彦総裁が「緩和的な金融政策を継続する」と改めて表明したことから、円相場は対ドルで下落し、130円台半ばとなりました。この発言から考えると、黒田総裁は4月8日の任期満了まで政策変更には踏み込まないことも予想されます。

 しかし、今後、世界景気後退によって日米の物価が急速に低下したり、米雇用環境が急速に悪化したりした場合、FRBの利上げ停止時期が前倒しになることも予想されます。その場合、日銀が引き締め方向に政策修正をするタイミングを逃すリスクがあります。世界の中央銀行が引き締めから緩和方向に進んだ場合、日銀だけ逆行する政策を取るのはなかなか難しい判断となるからです。

 昨年は世界の主要な中央銀行が金融引き締めをする中で日銀のみが金融緩和を続けた結果、大幅な円安となりました。今年、日銀が緩和修正の判断に後れを取れば、為替が円高に振れるなど昨年と逆の現象が起こりかねません。修正するのならば早めのタイミング、判断が遅くなれば再修正は遠のくかもしれません。

 黒田氏の後任人事案の国会提出(報道によると、2月10日ごろ)や、3月9~10日に日銀の金融政策決定会合があります。その前後には金融政策に対する市場の思惑が働きやすく、為替の乱高下が予想されます。日銀が政策修正の機会を逃すリスクにも十分留意したいと思います。

円安と円高のはざま、黒田緩和継続発言で円高一服も円安にも進まず

 為替相場は、日銀の政策修正に踏み切るとの思惑が広がり、一時円高が進みましたが、ダボス会議での黒田総裁の緩和継続発言などによって円高進行は一服した感があります。ただ、米国サイドの要因も加わることから、これ以上の円安は進みづらい状況が続きそうです。

 昨年の円相場の最安値(1ドル=151円94銭)と最高値(113円47銭)のちょうど中間となる半値は132円70銭です(筆者推計)。今回の円安の起点となる2021年の102円60銭でみれば、半値は127円27銭となります(同)。

 この水準は、先週、日銀の修正期待から円が買われドルが売られた水準近くです。現在の円相場は、この127円27銭と132円70銭の間をさまよっており、当面は重要なテクニカルポイントとなることが予想されます。

 今年の「サプライズ十大予想」は、サプライズ感が少ない印象です。ただご意見番の予想ですので、相場シナリオを想定する際に参考材料として活用することができます。

 前回取り上げたユーラシア・グループの政治に関わる十大リスクや今回のバイロン氏の経済・金融のサプライズ十大予想を事前に頭に入れておけば、相場への対応が違ってきます。

 これらのリスクが発生した場合、あるいは予想通りに進展した場合に冷静に対応することができます。そういう意味で前回と今回のコラムを四半期ごとに読み返し、進展度合いをチェックしてみるのも良いかもしれません。