個人の場合、鍵は人的資本

前記の点を誤解していた投資家で筆者が知る例は、1990年代から2000年代前半にかけての日本の企業年金(特に厚生年金基金)だ。当時彼らの多くは、年金の加入者に対する受給者の比率がまだ小さく、「御基金は、成熟度が低いので、運用できる期間が長く、期待リターンの高いリスク資産の比率を高めて運用することができます」と運用会社のセールマンにいわれて、これを信じ、しばしば過大なリスクを負った運用を行った。

負担できるリスクの水準を決めるに当たって、彼らが、第一に重視すべきは、基金自身の財政状態及び母体企業のリスク負担能力と意思であった。給付支払いまでの期間が長いということは、損が出た場合の先送りが多少やりやすいという程度の意味しかなかった。

では、個人の場合はどうなのか。個人の場合、若者は運用期間が長いので株式などリスク資産への投資比率が大きくてもよく、高齢者は債券など安定した運用対象での運用比率を高めるべきだ、と考えられることが多い。これは、間違いなのか。

結論からいうと、結果的に合っている可能性が大きい。一般に、若者は高齢者よりも保有する金融資産の額が小さい。また、人的資本は若者の方が高齢者よりも大きい場合が多い。人的資本とは、個人の将来所得の割引現在価値の合計で、いわば人間を株価のように評価した概念だ。人間の寿命は有限なので、年齢が上がるといつかの時点で人的資本の価値が低下するのはやむを得ない。

人的資本の価値が大きいということは、今後所得を稼ぐだろうということであり、金融資産の運用で期待への未達が発生しても、これを吸収する余裕が大きいということだ。従って、若者は、自分の保有する金融資産を大きな割合をリスク資産での運用に振り向ける余裕を持つことが多い。

但し、これらは断じて「運用期間が長いとリスクが縮小するから」ではない。

平均値で見る場合、長期投資とリスクとの関係に誤解があっても、人的資本その他を考えると「結果的には」それでいいケースが多々あることをご理解頂けたと思う。しかし、このことは、例えば一律に若い人がリスク資産での運用比率が大きくてもいいことを意味しない。

たとえば、同じ年齢で同じだけの金融資産を持っていても、仕事が順調な人とそうではない人、あるいは、健康な人とそうではない人とを比べると、人的資本には大差があるので、適切なリスク資産での運用額は同じにはならない。

人的資本の個人差を過小評価すべきではない。本来、FP(ファイナンシャル・プランナー)のような運用のアドバイザーは個々の家計を分析し、その家計がどのくらいのリスクにたえることができて、且つその範囲の中で幾らのリスクを取ることが本人にとって適切なのかを理解するための手助けをするのがその主な役割だろうと思うのだが、彼らがその役割を十分に果たしているようには見えないことが多い。

「長期用の運用」があるという誤解

現実の運用の方法にあっても、長期投資はしばしば誤解されているのではないか。

たとえば、毎年決算が必要ないかにも短期の運用と、企業年金の運用のような少なくとも建前は長期の資金運用とでは、どのくらい運用戦略が異なるだろうか。たとえば、これらが同じ企業の、前者が余剰資金の運用で、後者が企業年金の運用だとした場合、運用方針にどのような差があるべきか。

企業年金が完全積立方式の確定給付年金だとして、その積立金の不足や余剰が全て企業に帰属し株主に評価されているとすると、企業から見てこの運用の成否を余剰資金運用の成否と区別すべき要因はない。しかし、余資運用なら大きなリスクを取らない短期資金での運用が多いだろうし、リスクを取って一部を株式等で運用するとしても短期向きのポートフォリオを作るのではないか。一方、年金運用ならリスク資産を相当なウェイトで組み込む基本ポートフォリオを作り、これに近い形でじっくり運用するような方針が普通だ。

しかし、仮に株式で行う期間が1年の運用と20年の運用を比べるとして、両者の運用でファンドマネージャーがやるべきことにはどんな違いがあるだろうか。

よく考えると、たとえば、短期の運用資金にあっても、長期的に見た場合に割安だと思う銘柄をポートフォリオに組み入れるという程度ができるだけだ。「動きのいい銘柄に、パッと乗って、パッと降りたらいい」といった短期運用観を持つ人も少なくないが、そのような都合のいい銘柄を探すことも難しいし、それ以上に、適切なタイミングで売買することは難しい。

ただ、敢えていうなら、短期間で終了する運用の場合、投資する銘柄の流動性を意識する場合があるかも知れない。また、売買手数料が存在する現実の世界では、短期運用の場合、売買手数料のコストを償却する期間が短くなるので、コストが重くなる場合が多かろう。この場合、期待リターンはコストが重い分だけ下がるので、リスク資産の組み入れ比率がより小さくなったり、選択される銘柄が変わったりということが、多少はあるかも知れない。

運用の期間が運用内容に影響する主なチャネルは、売買に掛かる市場インパクト(自分の売買によって株価等を動かすことによって生じるコスト)なども含めた「コスト」だ。

長期投資の「意味」

では、長期間投資することに意味が無いかというと、そうでもない。

株式、債券、あるいは不動産のようなもので資金を運用する場合、これらへの投資は、資金を提供している期間、生産活動に資本を提供し、その果実を得ようとする行為だ。株式を例に取るとして、いかなる企業であっても利益を上げるために時間が掛かるのは当然であり、長期投資とは、その間資本を提供し続けることを意味する。

投資の本質を生産活動への資本の提供と考えるなら、より長期で投資し続けることの意味は大きい。但し、前述のように運用期間の長期化にはリスクの拡大が伴うし、運用期間が長期化することで、売買コストの問題以外で、特別に有利になるわけではない。