1974(昭和49)年1月15日

軍艦島で炭鉱閉鎖、石炭時代の終わり

 1974(昭和49)年1月15日、長崎市の沖合に浮かぶ端島(通称・軍艦島)の海底炭鉱が閉鎖されました。明治時代の急速な発展や戦後復興など重要な局面で日本経済を支えた巨大炭鉱でしたが、当時「エネルギー革命」と呼ばれた石炭から石油への流れには勝てませんでした。

 軍艦島は長崎半島の沖合4キロほどに浮かぶ小島です。海底の石炭を掘る基地として使うために、浅瀬の周囲を埋め立て、島として拡張しました。分厚いコンクリート製の防波堤で囲われた姿と外海のコントラストから、軍艦島の名が付きました。1960年には全周わずか1.2キロの島に5,000人を超える人々が住んでいました。

 しかし、長年の操業による産炭効率の低下と石油利用の急拡大で炭鉱経営は年々悪化。1974年に炭鉱は閉鎖され、無人島になりました。

 現在、島は明治期の産業興隆を今に伝える世界文化遺産に指定され、長崎港から島内見学の観光船が出ています。

 

1974年1月15日の日経平均株価終値は

4,274円75銭

※1月15日は休日のため前営業日の株価