グローバル化のトレンド変わらず、「強い円は国益」

――これまでの円安の理由に日本の国力低下を上げる論者もいました。

 失われた30年と言う人はいるけど、僕は日本経済が弱くなっているとは思いません。日本が戦後復興を遂げる中で、高度成長期は成長率が10%前後の高い水準が続き、安定成長期も4%前後ありました。

 1990年代からは低成長の時代が続きました。しかし、日本経済が1990年代から衰微したわけではなくて、復興のプロセスが終わり、円熟期に入ったとみるべきでしょうね。

 豊かになって、ある程度安定してきた。一人当たりのGDPは400万円台になって、かなりの豊かさになっています。

――円高でトヨタをはじめ日本の輸出企業にとってはマイナスの影響が出てくる懸念もあります。

 かつては円安が輸出を促進するからプラスだと言われてきましたが、今はそうではないです。円安で輸出が促進される状況ではなくなってきています。

 グローバリゼーションの下で、日本企業は東南アジアや米国などにかなり進出している。日本で生産して輸出するより、海外で現地生産することが多くなってきました。

 そうなると、円高はプラスになる。クリントン米政権下でドル高政策を進めたルービン財務長官は「強いドルは国益だ」と言ったけど、今は、強い円は日本の国益だという状況になってきている。

 しかも、ロシアのウクライナ侵攻などで国際的な資源高になっている中で、円高のプラスは大きい。

――新型コロナウイルスのパンデミック(地球規模の感染拡大)によって、世界中に広がったサプライチェーン(供給網)が寸断されたことから、企業では国内に生産拠点を戻す動きも出ています。

 それは一時的なものでしょう。グローバリゼーションのトレンド自体は変わっていない。海外から一時的に戻すことはあっても海外展開そのもののトレンドが止まったということではないと思っています。

――米中対立やロシアのウクライナ侵攻のように民主と非民主国の間で対立もあります。冷戦時代のようにデカップリング(経済の切り離し)が起こることはありませんか?

 僕はそう思わない。グローバリゼーションは今後も進むと思います。もちろん米中対立やロシアのウクライナ侵攻など波乱要因があるのは事実です。

 ただ、影響は一時的でしょうね。グローバリゼーションのトレンドは逆転することはないでしょう。

為替介入は当面必要なくなった

――政府・日銀は2022年9、10月に円安を阻止するため、為替介入をしました。榊原さんが財務官だった1997年にはアジア通貨危機などを背景に円安が進みました。榊原さんは1997年12月から1998年6月にかけて円買いドル売りの為替介入を主導しました。2022年の為替介入をどのように評価しますか?

 通貨当局(財務省)は為替介入で円安の状況を逆転しようとは思っていなかったでしょうね。日本政府はこれ以上の円安を望んでいないと象徴的な意味で意思表示をする意味合いのものでした。

 為替介入が本当に効果を持つためには米国と協調介入をしないといけませんが、今回は米国が合意しませんでした。それを分かった上での介入だったと思います。

――これまでの介入はどちらかと言うと円高を防ぐ円売りドル買いの為替介入の方が多かったですが、円買いドル売り介入とどこが違いますか?

 円安を阻止するための介入は結構難しいです。※外貨準備高として政府が持っているドルを売らないといけないからです。僕も円買いドル売りの介入をした時は、外貨準備の10分の1くらい使ったところで、もうできないなと思いました。

 円高を阻止する介入はドルをどんどん買えばいいが、円安を阻止するための介入はドルを売らないといけない。持っているドルには限りがあります。外貨準備のリソースを減らすわけにいかないので、円安を阻止する介入は昔から難しい。円高阻止の介入は効果が出るまでできるが、円安阻止の介入は長く続けることはできません。

※外貨準備 政府が為替介入や他国に対する債務返済に備えて準備している資産。2022年末の日本の外貨準備高は1兆2,275億ドル。米国債などドル建て資産が大半を占めている。昨年9、10月に実施した計9兆1,881億円に上る円買いドル売り介入では、米国債の売却費を原資に当てたとみられている。

――外貨準備高の10分の1が介入の目安になるのですか?

 10分の1を使うとびびりますよね(笑)。外貨準備は持っていないといけない。それを半分や3分の2にするなんてことはできない。

――現職の神田真人財務官が昨年10月に「介入の原資は無限にある」と記者団に語ったことが報じられていました。

 介入の時はそういう強気の発言をせざるを得ないです。外貨準備高は無限にはない。だけど介入する時はそういう強気の発言をしがちだし、した方がいいと思ったんでしょうね。

――現在、円高に振れ始めて、為替介入はしばらくなさそうですか?

 しばらく円高のトレンドになっているからね。米国と日本経済の状況が変わってきました。1ドル=150円を超えたのが下がってきて、この状況が続けば120円台に入っていくことが予想されます。