年間予測のトリセツ

 株、金利や為替の年間予測を、3月末、6月末、年末とピンポイントで捉える線の経路として描くとき、その背後に、実は山ほどシミュレーションした暗黙の経路があります。それらが無数に枝分かれしていく可能性がある中で、これ1本と決めて掲げるのが公表される予測です。しかも、そもそも人の世で使われるカレンダーの1年と、経済・市場の変化は一致するものではありません。

 当然、時間の経過とともに、新たなデータ、情報が入り、予測も変化していきます。予測と言いながら、ある時点で入手できるデータで「今」を語るものであり、たわいなく変転するのです。それを腰が定まらないと批判する声もありそうですが、予測を実践に供する上では、新たな情勢変化に合わせて予測の変化を踏まえて投資のあり方を見直す柔軟性、ロジックの一貫性こそが戦略的に重要と言えます。

 私はトウシルにおいて、実用に耐え得る相場ロジックとして、景気・金利・株式・為替のサイクルに絞って解説してきました(図表2)。例えば、2020年春のコロナ禍に見舞われた初期は、これから大金融緩和が行われるサイクル初期という段階を踏まえ、比較的確度の高い、持続性ある株式の大相場見通しを出しました。これに比べて、2023年はインフレから金利、そして景気へ連なる時間差のサイクルがそれぞれ曲がり道の途上にあるという、誰にもカーブの先行きの緩急が分からないという状況です。年間予測の確度がいかに低いかをイメージしていただけるでしょう。

図表2:米株式とドル/円のサイクル展開イメージ

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

私の年間予測とその背景

 私はトウシルにおいて、相場の解答に見えるような予測値を極力出さず、主にロジックのみの解説に努めています。ただし、為替、特にドル/円については、金融機関在職時からのメディアとの付き合いで、今も予測値を提供しています。

 昨年12月上旬に提出した2023年のドル/円の予測値は、「当時既に135円台まで下落していた水準を出発点に、米利上げ継続のサポートで145円前後まで戻る場面を経て、景気悪化、インフレ鈍化、債券金利から政策金利に至る軟化で、2023年末には125円に」というもので、登場した専門家たちの間で最円高見通しでした(図表3)。その後、日本銀行の10年国債金利変動幅拡大というサプライズでドル/円は130円付近まで低下しています。時間の経過とともに予測を調整すると、ファンダメンタルズの基本観は変わらないので、シンプルに従来の予想経路を5円ほど下げるだけとなります。

 インフレも金利も景気も不透明な曲がり道では、確度の高い見通しを作成することは困難です。私はこういうケースで実践の便宜上、FRB(米連邦準備制度理事会)の予測を活用します(図表4)。FRBは自ら望ましいとする巡航経済成長1.8%と失業率4.0%の完全雇用、2.0%インフレを長期的に持続させようと、金融政策という実力行使をし、米国の経済も市場もそれに呼応する感応度の良さがあります。

 コロナ禍以降、FRBにも市場にも先行きは不透明です。この状況で、市場はFRB予測をいったんコンセンサスとして受け入れ、皆がそう思うからそうなる相場の自己実現をもたらします。私の2022年当初のドル/円予測は年末120円(これでも最円安派でした)で、この数字だけ後に評価すれば落第点でしょう。しかし、ドル/円の上昇が米金利上昇に沿うサイクル現象というロジックを踏まえ、FRBをフォローしさえすれば、相場実践上は首尾良く対応できるのです。米株式のサマーラリーへの悪乗りも回避できたでしょう。

 さて、FRB予測に忠実に基本姿勢をとるにしても相場はそれほど行儀よくなく、群衆行動的に振れがちです。当局予測はインフレと経済の無難な着地を描きがちですが、私は2023年のリスク評価として、米株式(図表5)、ドル/円ともに下方リスクに比重をかけています。もしこの見方が実現すれば、円安メリットで支えられた日本の経済も株価も圧迫されると警戒しています。日本銀行が新総裁を迎えても、異次元緩和の解除は困難であり、強行すれば日本の苦境を深めたと批難されかねません。

 以上、年間予測の背景を知れば、予測値のみを真に受けることの危うさをご理解いただけるでしょう。「2022年のベスト予測パフォーマーは…」という紹介記事を見て、「専門家と言いながら予測はいい加減なものだな」という考え方自体の意味を、ロジックの観点から、ぜひご一考いただければと思います。

図表3:ドル高円安は米金利に沿うサイクル現象

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

図表4:FRB幹部の経済予測

出所:FRB

図表5:米主要金利とナスダック指数

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

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