今回のサマリー

●専門家の年間予測がそろう時節ですが、その意味、確度、実用性とは?
●不確実性下のストレス環境で、人は明快な指針という魔物に引かれがち
●日本の専門家予測にありがちなパターンと、その取り扱いは?
●不確定要因が大きすぎる2023年予測を真に受けない、実践上の便宜的方法は?

正月恒例の年間予測

 年末年始の恒例行事として、主要金融機関のエコノミストやアナリストは、新年の経済、株価、金利や為替の年間見通しを公表します。メディアがそれらをとりまとめる特集も目にするでしょう。一方で、専門家の昨年の予測パフォーマンスを見て、「誰が当たった外れた」「専門家の予測もいい加減」といった声もあちこちで聞かれる季節です。

 個人投資家と接するようになって4年、あまりにもこの種の「予測を頼りすぎる」傾向に驚き、懸念を抱いてきました。不確実な状況でストレスを高めると、人は「明快な指針」にすり寄る性向があります。占いや神頼みなど確率的に影響しないものを気にすることの延長線上と、捉えていただいても良いでしょう。トウシルでの私の情報発信は、不確実性の下での明快予測という、人を引きつける魔物を掲げることなく、相場変動のロジックの解説にとどめるよう努めています。

 私のこうした情報発信について、「インフルエンサーの○○さんは上がると明言してリスクをとるのに、田中は一体何だ」といったお叱りのような声も時々あります。しかし、私は根拠の薄い予想を掲げることがリスクをとることとは考えていません。明快な予測を解答として真に受けることは思考停止を招きやすく、臨機応変の対応も適わず、損を出してその予測者をけなす、といった救われない展開も少なくないはずです。ロジックを修得することこそがDIY(Do It Yourself、自分で考え、自己責任を貫く)投資家になるための大前提です。

 2023年の年間予測は、不確定な要素が大きく上下に分かれています。こうした年間予測の意味、そのトリセツを、私の予測とその作成方法とともに解説します。なお、1年間という見通し期間の分析はファンダメンタルズ分析の裏付けがあるものとして「予測」という用語を使います。必ずしも数字、ロジックの裏付けが明確でないかもしれない見通しを「予想」として、区別します。

そもそも年間予測って何だ?

 1年間の相場予測はある程度、経済やインフレなどファンダメンタルズの予測と整合するように作成します。3カ月以内から最大6カ月程度までなら、各市場の売り手と買い手のバランス、すなわち需給の分析がほどほど意味を持ちますが、1年ともなると需給予想で対応するのは困難です。需給は相場変動自体で変化するため、時間を長くとると意味をなさなくなります。

 エコノミストが通常使う景気予測モデルの大半は、向こう2年程度をカバーしています。この枠組みの中で、金融・財政政策を想定し、選挙や地政学など他の要因を加味していくわけです。このマクロ経済予測と整合性を持つように、株価や金利や為替の市場予測の経路を描きます。さらにグローバルに業務展開する欧米投資銀行では、マクロ経済予測のグローバルなコーディネートもします。米国、中国、欧州を筆頭に新興国に至るまで、矛盾のない統一された世界観を予測として描き出します。

 この点で、日本の国内で見る専門家予想・予測には、随分と異なる趣があります。図表1の青線は、私が欧米投資銀行在職時に打ち出していた年間市場予測の経路の描き方です。基本は一方向とし、屈折させる必要がある場合は基本1回までが大原則でした。向こう2年のファンダメンタルズ予測の枠組みにおいて、1年間の予測経路が複数回方向転換することはまずなく、ジグザグ経路を示す必要がある場合は特別にその事情を合理的に説明できなくてはなりません。

 一方、日本国内で見かける専門家の市場予想・予測経路は、赤線のようにクネクネしたものが多いと感じます。一本調子でない相場実感を出そうとしているのか、季節的な需給見通しをこねくり回してか、理由はいろいろでしょう。問題は世界見通しとコーディネートするとき、国ごとに予測経路がクネクネするようでは整合性のとりようがないのです。少なくとも、米国事情が優性要因になりがちな日本市場について、クネクネ予測がその米国予測と整合するか、そう考えるだけで意味の有無が分かるでしょう。

 また、国内で多く見かけるのは、やたらと広いレンジ予想・予測経路です(グレー線)。ゴルフに例えると、やたら広げたグリーンに乗せることが目的かもしれません。しかし、最終目的のカップの位置をピンポイントで示さないと、予測の背景ロジックも見えません。相場変動率が高まる見込みをレンジで示すならまだ意味もあります。しかし、多くの予測事例を見る限り、そうではないようです。

図表1:年間予測の描き方いろいろ

出所:田中泰輔リサーチ

年間予測のトリセツ

 株、金利や為替の年間予測を、3月末、6月末、年末とピンポイントで捉える線の経路として描くとき、その背後に、実は山ほどシミュレーションした暗黙の経路があります。それらが無数に枝分かれしていく可能性がある中で、これ1本と決めて掲げるのが公表される予測です。しかも、そもそも人の世で使われるカレンダーの1年と、経済・市場の変化は一致するものではありません。

 当然、時間の経過とともに、新たなデータ、情報が入り、予測も変化していきます。予測と言いながら、ある時点で入手できるデータで「今」を語るものであり、たわいなく変転するのです。それを腰が定まらないと批判する声もありそうですが、予測を実践に供する上では、新たな情勢変化に合わせて予測の変化を踏まえて投資のあり方を見直す柔軟性、ロジックの一貫性こそが戦略的に重要と言えます。

 私はトウシルにおいて、実用に耐え得る相場ロジックとして、景気・金利・株式・為替のサイクルに絞って解説してきました(図表2)。例えば、2020年春のコロナ禍に見舞われた初期は、これから大金融緩和が行われるサイクル初期という段階を踏まえ、比較的確度の高い、持続性ある株式の大相場見通しを出しました。これに比べて、2023年はインフレから金利、そして景気へ連なる時間差のサイクルがそれぞれ曲がり道の途上にあるという、誰にもカーブの先行きの緩急が分からないという状況です。年間予測の確度がいかに低いかをイメージしていただけるでしょう。

図表2:米株式とドル/円のサイクル展開イメージ

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

私の年間予測とその背景

 私はトウシルにおいて、相場の解答に見えるような予測値を極力出さず、主にロジックのみの解説に努めています。ただし、為替、特にドル/円については、金融機関在職時からのメディアとの付き合いで、今も予測値を提供しています。

 昨年12月上旬に提出した2023年のドル/円の予測値は、「当時既に135円台まで下落していた水準を出発点に、米利上げ継続のサポートで145円前後まで戻る場面を経て、景気悪化、インフレ鈍化、債券金利から政策金利に至る軟化で、2023年末には125円に」というもので、登場した専門家たちの間で最円高見通しでした(図表3)。その後、日本銀行の10年国債金利変動幅拡大というサプライズでドル/円は130円付近まで低下しています。時間の経過とともに予測を調整すると、ファンダメンタルズの基本観は変わらないので、シンプルに従来の予想経路を5円ほど下げるだけとなります。

 インフレも金利も景気も不透明な曲がり道では、確度の高い見通しを作成することは困難です。私はこういうケースで実践の便宜上、FRB(米連邦準備制度理事会)の予測を活用します(図表4)。FRBは自ら望ましいとする巡航経済成長1.8%と失業率4.0%の完全雇用、2.0%インフレを長期的に持続させようと、金融政策という実力行使をし、米国の経済も市場もそれに呼応する感応度の良さがあります。

 コロナ禍以降、FRBにも市場にも先行きは不透明です。この状況で、市場はFRB予測をいったんコンセンサスとして受け入れ、皆がそう思うからそうなる相場の自己実現をもたらします。私の2022年当初のドル/円予測は年末120円(これでも最円安派でした)で、この数字だけ後に評価すれば落第点でしょう。しかし、ドル/円の上昇が米金利上昇に沿うサイクル現象というロジックを踏まえ、FRBをフォローしさえすれば、相場実践上は首尾良く対応できるのです。米株式のサマーラリーへの悪乗りも回避できたでしょう。

 さて、FRB予測に忠実に基本姿勢をとるにしても相場はそれほど行儀よくなく、群衆行動的に振れがちです。当局予測はインフレと経済の無難な着地を描きがちですが、私は2023年のリスク評価として、米株式(図表5)、ドル/円ともに下方リスクに比重をかけています。もしこの見方が実現すれば、円安メリットで支えられた日本の経済も株価も圧迫されると警戒しています。日本銀行が新総裁を迎えても、異次元緩和の解除は困難であり、強行すれば日本の苦境を深めたと批難されかねません。

 以上、年間予測の背景を知れば、予測値のみを真に受けることの危うさをご理解いただけるでしょう。「2022年のベスト予測パフォーマーは…」という紹介記事を見て、「専門家と言いながら予測はいい加減なものだな」という考え方自体の意味を、ロジックの観点から、ぜひご一考いただければと思います。

図表3:ドル高円安は米金利に沿うサイクル現象

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

図表4:FRB幹部の経済予測

出所:FRB

図表5:米主要金利とナスダック指数

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

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