スーパーでは6%値上がり、さらに上昇も

――渡辺教授は小売店での購買データから物価の研究をしています。直近のデータから分かりつつあることはありますか?

 レジで商品のバーコードを読み込んだPOS(販売時点情報管理)データを約1,200店舗から毎日いただいて、物価指標を作っています。データは食料品やシャンプーなど生活に密着したものが中心です。2022年10月初めまで前年と比べた商品の値上がり率は3%台で、決して高くはなかった。

 しかし、それ以降、急速に上がって今(2022年12月時点)は6%くらい。2008年も食品が高騰したが、当時は4%程度。今はそれより高く、どんどん上がる状況がうかがえる。消費者が物価上昇は仕方ないとしぶしぶ考えるようになってきたことを企業が認識して値上げしている。

 もう一つ大きな変化は、値上げしている品目が増えていることです。長年のデフレで価格がこれまで据え置きになっていた品目もこの半年かもう少し短い期間で、上昇してきたことです。総務省が作成するCPI(消費者物価指数)は約600品目で構成されていますが、その半分の300品目は前年から値動きがほぼなかった。

 しかし、こうした値段が据え置かれてきた品目の比率が減少し、値上げする品目が増えてきた。スーパーで買い物されている方は日々、そうした動きを実感されていると思います。

――2022年10月1日に値上げした商品が多く、牛乳や乳製品も11月に上がりました。そういう動きを反映したものですか?

 10月もそれなりに上がったが、11月以降、値上げが加速した。メーカーが定価を上げたことよりも、流通業者が店頭価格を上げた影響が大きい可能性があります。スーパーはこれまで定価が上がっても、特売をして頑張るケースが多かった。だけど、現在は、特売の回数や値下げ率が少なくなって、店頭で値上げが起きている。

春闘で5%の賃上げはできる。価格高騰分を給料増に

――労働組合の全国中央組織「連合」が2023年の春闘で5%の賃上げを求めています。実現すると思いますか?

 実現する可能性は十分にあります。物価も賃金も上がって、生活者も困らず、価格転嫁もさらに進む。それが2023年だと思います。労働組合の方と講演で話した際に強く感じたのは、労組が物価上昇に強い危機感を持っていることです。

 いままでは物価が上がらなかったので、賃金がそのままでも生活が困ることはなかった。だけど、物価高が進む中では賃上げに生活がかかっており、労組の主張には腰が据わった強い態度を感じた。連合が要求する5%の賃上げの内、定期昇給が2%、基本給を一律で上げるベースアップ(ベア)が3%です。ベアが「純粋な賃上げ」に当たります。CPIが3%台後半まで上昇しているので、3%のベアが実現しても十分ではありません。

 近年の賃上げは2%前後で推移してきました。連合が求める5%はここ二十数年で最も高い要求水準です。しかし、組合では実現性を危ぶむよりも3%で本当に足りるのかと心配する方が多い。CPIが先々、4%程度に上がる可能性もあり、組合は3%を下限にもっと高い数字を目指す気持ちが強い。

 円安で収益的に余裕がある企業がたくさんあるので、5%の賃上げはそこそこいけると思います。日本はこれまで名目賃金(実際に支払われる賃金の額。これと別に名目賃金から物価変動を考慮し算出した実質賃金がある)が全然上がってこなかった。欧米は物価も上がっていますが、賃金も上がっている。日本は両方とも低過ぎるのが問題でした。

 欧州、特に英国は生産性が向上していなくても物価も賃金も上がっている。日本もそうしたメカニズムを少し導入して、価格転嫁と賃上げがぐるぐる回るサイクルを作っていけばいいと思います。

――中小企業の賃上げも可能でしょうか?

 中小企業で働いている方は大企業よりも多い。中小企業で上がらないと、日本全体で賃上げしたことになりません。中小企業は円安の追い風もなく、過去にためた内部留保もありません。中小企業も賃上げによって人件費が増えた分は、価格転嫁するしかない。

 販売先に人件費上昇が理由だと丁寧に説明して値上げをしていけば、中小企業も賃上げができるのではないでしょうか。中小企業で賃金が上がると非正規の方にも広がる。2023年は賃金と物価が好循環的に上がる姿が描けるのではないでしょうか。

(取材はトウシル編集チーム 田嶋啓人)

渡辺 努氏(わたなべ・つとむ)1959年生まれ。東大卒。1982年日銀。一橋大教授などを経て、2011年10月から東大大学院教授。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を兼務。主な研究分野は金融政策と物価。