中央銀行が抱える苦悩

――欧米の中央銀行は急速な利上げで、インフレに対応してきました。インフレ抑制の効果はありましたか?

 各国の中央銀行にとって、供給不足が原因で起きる今回のインフレは前代未聞です。需要が強過ぎる時は金利を上げて需要を冷やし、インフレを抑えるノウハウの蓄積はありました。だけど、中銀は少な過ぎる供給を直接増やす手立てを持ち合わせていません。供給不足に合わせて、需要を冷やしていくしかできません。

 FRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)が急速に金利を上げている割には物価抑制の効果がはっきり表れている感じはありません。中銀も金利をどれだけ上げたら、インフレが収まるのか自信があるわけではありません。インフレ抑制に非常に苦労している。物価や賃金の上昇を示す指標を見て、出たとこ勝負で利上げをしています。うまくいくのか誰も保証できません。

 しかし大事な点は、今はインフレ予想が安定していることです。現在は1970年代とよく比較されるのですが、当時は中東戦争や原油の高騰があり、今と似た面がありました。1970年代は人々の間でインフレ高進が予想され、賃金もインフレ分を織り込んで上がり、実際にインフレが加速しました。

 だけど、今は当時と違って、「インフレターゲティング」(中長期的なインフレ率目標)の考え方がある。中央銀行が2%のインフレ率を目標に掲げ、到達に向け頑張ると投資家や国民に約束する。投資家らが中銀を信頼するから、インフレ予想は上がらない。

 中銀は今、インフレ目標への信頼を裏切らないことが一番重要だと感じている。これを裏切ると、1970年代のようにインフレ予想が上がり、インフレが加速して手の打ちようがなくなる。インフレ予想が落ち着いている今のうちに決着をつけたいというのが中銀の考えです。

欧米の利上げは2024年まで続く可能性も

―― FRBは2023年末の政策金利が5.1%になるとの見通しを示しました。今後の利上げや高金利が続くことはどのようにみますか?

 FRBが示した金利水準で本当に終わるのかどうか、まだ分かりません。米国だけではなく、欧州も英国も金利を上げる方向がしばらく続く。2023年ももちろん、場合によってもう1年くらい金利を高くして、お金の量も減らしてと、金融引き締め政策がグローバルに続く可能性がある。

 実体経済、金融市場の両面で厳しい状態が続く。米国のインフレは明らかに頭打ちになり改善してきているが、楽観はできません。基本は2%が物価目標なので、そこまで下げるには米国も距離があります。必要な手立てはまだ持ち続けないといけません。

 FRBのパウエル議長が、景気や株価が少々落ち込むことも覚悟の上で物価を抑えると講演で強調しましたが、インフレが再燃すれば、再び金利をたくさん上げることもあり得ます。

 心配なのは欧州や英国で、インフレが落ち着く気配が全然ありません。ウクライナ戦争の影響も大きい。米国よりも労働組合の賃上げの要求が強く、賃金も上がっている。それが物価に転嫁され、また賃上げするという、賃金と物価が上昇するスパイラルに入りつつある。

 欧州はインフレが収束する見通しが立っていません。インフレ予想が崩れたわけではありませんが、そうであるがゆえに2%の物価目標に固執しないといけない。そういう意味で金融引き締めは続くと思います。

日本も価格転嫁が進み、2%超のインフレ続く

――楽天経済研究所内には日本のインフレ率は2023年に1%程度に落ち着くとの予測があります。日本のインフレはどうなりますか?

 日本は欧米や韓国と比べたら、インフレ率は低い。日本はパンデミック後の経済再開が遅れているので、先行する欧米に比べ需要の高まりが鈍い。それに、海外から輸入する原材料が高騰した分を商品価格に転嫁する動きが遅かった。

 だけど、日本でも企業が商品価格に原材料などの高騰分を転嫁する動きが進んできました。2023年もインフレ率が2%を超える状況が続くと思います。エコノミストの間ではインフレ率が2%以下、1%台、1%も割り込むとみる方が非常に多い。日本は欧米と違って価格転嫁が進まないという昔の頭のまま予測をしている面がすごく強い。

 1年前は私も日本銀行も、エコノミストもインフレ率が2%を超えると思っていなかった。日銀が掲げる2%の物価目標に届かず、低めのインフレが続くとの見方だった。実際は企業が原材料の高騰分を商品価格に転嫁する動きが進んだ。明らかにそこを読み違えてしまった。

 価格転嫁できたのは消費者がしぶしぶながら値上げを仕方ないと徐々に受け止めるようになってきたことが大きい。日本の消費者はパンデミック前は値上げを嫌う傾向が強かったのですが、2022年に入ったころから変わり始めました。海外の激しいインフレを知って、日本でも同様のインフレが起きないか、物価高の時代に入ったのではないかと思い始めた。