機関投資家の悩みと割り切り

 個人投資家ではなくて、年金基金のような機関投資家にとっては、長年為替リスクは「円高の可能性」として悩みの種だった。

 世界の金融市場では、投資家がリスク・テイクに楽観的になるような状況(いわゆる「リスク・オン」)が生じると株価と米ドルの為替レートが共に上昇し、逆の場合(「リスク・オフ」の場合)はドル安と株安が起こる、という状態がここ数年顕著だった。

 そして、特に日本の投資家にとって問題なのは、日本の株価が世界の株価、特に米国の株価に連動することが多いため、円高と海外の株価下落と日本の株価下落が同時に起こって分散投資の効果が働きにくいことだった。近年のデータで計算すると、アセットクラスとしての「海外株式」と「国内株式」の相関係数は0.8に近い値が出る。

 今年に関しては、内外の株価がともに下落する中で、外国の株式と債券(外貨建ての債券価格は中央銀行の利上げの影響で下落している)が持っている為替リスクがプラスに働いたおかげで、トータルのリターンが多少助かっているといった状況なのだ。

 しかし、向こう2、3年を展望すると、日本の金融緩和政策が修正されて日本の長短金利が上昇するようになると、大幅な円高が避けられそうになく、この際に経験則的には日本の株価も下落するのではないかと懸念され、為替リスクに関する悩みは尽きない。

 年金基金レベルの運用資金額があれば、為替リスクをヘッジした投資が可能だが、公的年金など大手の基金が「長期的には、為替の変動は内外の物価・金利の変動を相殺するように動く(はずだ)」との期待の下に為替リスクをヘッジせずに外貨建て資産への投資を拡大してきたのが近年の趨勢だ。

 為替リスクについては「プラスに働く時と、マイナスに働く時があっても、長期的には損得ゼロだろう」とある種の理屈の下に考えて、また同業者が同じポジションであることの影響もあって、外貨建て資産の為替リスクはノーヘッジでいいと「割り切って」投資しているのが多くの基金の現状だ。

為替レートの決定要因

 為替レートの予想は率直に言って難しい。特に経済予測から為替レートを予想しようとするアプローチは、一見もっともらしく見えるのだが、なかなか当たりにくい(理由について、今回は省略する)。誰が言ったか忘れたが、「為替レートの予測は、エコノミストの墓場だ」という言葉を聞いたことがある。

 それでも、為替レートを決定する要因については、経験的、理論的にある程度コンセンサスが出来つつある。思い切って5項目にまとめてみよう。

(1)長期的には購買力平価(物価変動を相殺する為替レート形成)が成立する。自国通貨のインフレは自国通貨の為替レートを弱く(安く)する要因になる。

(2)1、2年程度の短・中期では物価要因(=購買力平価)よりも、内外の実質金利が影響する。実質金利が相対的に上昇する国の通貨は強くなる。金利は長短両方の金利が影響する理屈だが、経験的には「2年物」くらいの金利でグラフを描くと収まりがいいことが多い。

(3)長期的にも、物価の影響を考慮した金利収益が均衡するような力が働くと考えられていて、為替リスクはヘッジしてもしなくても長期的なリターンに大きな差はないと考えられている。

(4)貿易収支、経常収支は為替市場の需給を通じて為替レートに影響する。但し、資本市場の発達した先進国同士の為替レートの場合、貿易などの実物取引による為替需給の影響よりも、資本取引の影響が大きいので(2)の影響が優勢になることが多い。

(5)通貨の発行国の政治的弱体化や銀行システムのトラブルなどは、通貨への信認の低下を通じて当該国通貨の為替レートの下落要因になる。

 2022年現在の円安には、(2)の要因が圧倒的に効いている。米国ではFRBが金融引き締めに動いている一方で、日銀は長短の金利をほぼゼロに抑える金融緩和政策を継続しているので、内外の金利が拡大方向に変化していて円安になっている。

 尚、円安の日本経済にとってのメリットは、輸出企業の収益拡大や海外からの観光客によるインバウンド需要ばかりではない。国内企業の製品が輸入品との競争上有利になっているし、何よりも日本国内での投資や人材採用が有利になっていることの「現在から将来にかけての」効果が大きいはずだ。この点の理屈は、大規模な金融緩和政策が始まった当時から変わっていない。特にビジネスパーソンは円安による物価高(と言っても海外に比べると少しだが)の消費に対するマイナスを強調するよりも、円安が大きなビジネスチャンスであることに目を向けるべきだろう。