筆者は、ここのところ、バブルの生成と崩壊の仕組みについて考えを巡らせている。たとえば、目下の米国を中心とした金融危機的状況を招いた「サブプライム問題」は、不動産バブルと証券化商品バブルの「合わせ技」のように拡大し、拡散してきた。筆者の理解では、現在行われているような金融業界の再編(投資銀行のユニバーサルバンク化)は、金融機関を「大きくて潰せない」状態にしつつ、一時的に安定化させるだけで、バブルを発生させたメカニズムをそのまま温存して、むしろスケールアップしているように思われる。この問題への対処には、バブルの生成・崩壊のメカニズムを理解することが必要だし、もちろん、投資家が相場を理解するためにもバブルに関する知識は必須だ。

本稿は、内容的に本シリーズの「バブルのメカニズムを整理する」の発展的補足だ。統一的なアウトプットとしては、注目点を強調するなら「バブルとエージェンシー問題」といったタイトルの両者を統合した論文でも書くべきところだが、現在まだ考えているテーマでもあるので、この問題にご興味のある読者は、前掲拙稿と併せて読んでいただきたい。

(1)リスクテイク行動の前傾化がカギ

前掲拙稿では、バブルの過程を、(1)きっかけとしての金融技術革新や規制緩和、(2)リスクテイク行動の前傾化、(3)マクロの経済環境や金融環境、(4)バブルの崩壊(情報の非対称性の顕在化と流動性の不足)、といった順番で説明した。この中で、バブルがバブルとして育ち、そのスケールを拡大するにあたって重要な過程は明らかに(2)リスクテイク行動の前傾化だろう。

この部分については、たとえば「株価の上昇が、さらなる上昇を期待させる」といった単なる順張りの相場観や、「群集心理」とか「熱狂」、あるいは「時価の上昇による財産価値の増価がリスクテイク能力を拡大する」といった、投資家を一個の個人(それも、割合単純な)と考えて、上昇相場の勢いに煽られて勘違いをしてしまうプロセスとして説明されることが多い。

もちろん、こうした、あたかもビギナーズ・ラックに酔って自分の能力を過大評価した投資家のような心理と行動が、相場の過熱を招くこともある(しばしば起こるIPOブームの末期は、これに近いかも知れない)。しかし、これはいわば投資家本人の責任に基づく勘違いであり、この場合も世間に悪影響が及ぶことはあるが、後から大損をするのは投資家本人であって、問題としては大半が自業自得の範囲内だろう。

真に恐ろしいし経済倫理的にたちが悪いのは、投資家がリスクを本気で勘違い(過小評価)して起こるバブルよりも、投資家が「過大なリスクを分かっていても買う」ことによって起こるバブルではないだろうか。

たとえば、サブプライム・ローンそのものも、その証券化商品も、いつかは(不動産価格が上がらなくなればほどなく)デフォルトを起こすであろうことは、金融関係者なら少し考えると分かったことだろう。しかし、個々のプレーヤーの利害を考えると、バブルの発生過程ではそのようなことを考える「必要がなかった」。

(2)個人型のリスクテイクと法人型のリスクテイク

大きなリスクがあると分かっていても、たとえばサブプライム商品やブームとなった時の新興市場株のような資産に機関投資家や金融機関が投資をする合理的な理由が二通りある。

一つは、「ホンネの投資教室」「バブルのメカニズムを整理する」で述べた、金融機関のプレーヤー個人が持っている成功報酬のオプション性がリスク拡大を招くメカニズムだ。「成功報酬」という権利は「損益」を原資産とする一種のコール・オプションなので、トレーダーやセールスマンはこの価値を最大限にするためには、リスクテイクを(つまりボラティリティを)最大限にすることが合理的になる。また、成功報酬というオプションの清算は1年単位であり、一回貰ったボーナスは返さなくてもいいから、将来は破綻するかも知れなくとも大きなポジションを積み上げて(しかも、時価評価で毎年の利益を計上して)、成功報酬を実現してしまえばいい、という「会社の真の損益」と「個人の損得」の間の期間のミスマッチによる一種のALM的齟齬も存在する場合が多い。

ある欧州系の大銀行では、サブプライム商品を組み込んだCDOに大量の投資を積み上げてしまったが、この背景には、社内のファンディング・レートとCDO の利回りの差で、いわば「社内キャリートレード」ができたことと、それにリスク管理が追いつかなかったことの二つの要因があったようだ(この銀行の株主向けのレポートで明らかになっている)。

本来なら、金融機関の経営者にはリスクをチェックする役割が期待されるところだが、経営者が金融工学や「○○神話」的な相場の説明などの専門性にごまかされがちなことに加えて、経営者自身が大きな成功報酬制の下にあって、コール・オプションをロング(買い持ち)しているトレーダーのような利害を持っているのだから、バブルには歯止めが掛かりにくい。

こうした個人の合理性に基づく「リスクテイク行動の前傾化」の他に、法人・個人間の「競争」に基づく合理的で過剰なリスクテイクも存在する。

「すべての経済はバブルに通じる」(小幡績著、光文社新書)が説く「リスクテイク・バブル」は、たとえば1/2には満たないが無視できない確率でデフォルトする可能性のある証券(当面の直利は高い)に対して、ライバル会社がこれを持っているなら、自分もこれを持たないと、相対競争の期待勝率が1/2を割ってしまうので、リスクが大きいと分かっていてもファンドマネジャーはこの証券に投資するだろう、といったメカニズムだ。

これも、バブルが拡大するメカニズムの一つだろう。巨額の成功報酬がなくても、ファンドマネジャーが大きなリスクを取ったり、銀行同士が不動産などに競うように融資を拡大したりする現象を説明できる一つの論理であり、いわば「法人型のリスクテイクの前傾化」を説明しているといえるだろう。

いずれのリスクテイク行動も、リスクを過小評価しなくても合理的な判断から過大なリスクテイクを行うという点にポイントがある。

個人型・法人型、両方のリスクテイク行動に共通するのは、いずれもリスクを取るのが「他人のお金」でだ、ということだ。トレーダーにしても、ファンドマネジャーにしても、自分の行動の結果が自分の経済的損得に影響するが、彼(彼女)が動かしているリスクは自分が負うリスクよりも圧倒的に大きい。また、本来のお金の主の利害のためにすべき行動と、彼(彼女)らが自分の利益にかなう行動との間にズレが生じている。

この状況は、委託者(プリンシパル)と代理人(エージェント)がいて、代理人は情報優位にあって、両者の利害に不一致があるという、典型的なエージェンシー問題の状況だ。

(3)報酬制度の設計に再考の余地

まだ適当な答えを見つけたわけではないが、金融機関のプレーヤーたちへの報酬システムについて簡単に一言述べておこう。

金融プレーヤー個人への報酬にあって「最悪1年成功すればあとはどうでもいい」と思えるようなサイズの成功報酬を与えると、特にリスク拡大へのインセンティブに拍車が掛かる。

日本であっても投資銀行マン(要は大手の外資系証券会社の)の場合、ベースサラリーは2,000万円だが、ボーナスは2億円だった、というようなケースがある。この場合、ボーナスの期待価値を高めることが重要であり、今年大きく稼げる可能性が高いなら、来年はクビでも仕方がない、という考えが生まれやすいだろう。

たとえば、ここでボーナスが最大でもベースサラリーの範囲内であれば、このプレーヤーにとっては、今年のボーナスよりも、来年の雇用継続の方が大きな利益になるので、長期的な視野に立つことが出来るし、過大なリスクを取ることが少なくなるだろう。もちろん、人によってはベースサラリーを上げる必要が出てくるだろうが、背景には税制上の理由などもあるのだが、インセンティブの設計の面からは、そもそもベースサラリー自体が小さすぎるという場合もあるように思う。

また、ストック・オプションなども報酬としてよく用いられるが、この場合、向こう10年くらい売れない形にするとか、あるいは、将来の配当だけを年金的に受け取るような条件をつけるとか、プレーヤーの利害を会社の長期的な繁栄と一致させるような工夫があってもいいかも知れない。

経営が悪化した場合に「影響が大きくて潰せない」という理由で救済される会社は、何らかの意味で公的な会社であり、社員の報酬にも公務員的な要素(規制)があってもいいはずだ。民間と公務員の「いいとこ取り」のような形はアンフェアだろう。

もちろん、投資家がヘッジファンドなどに投資する場合の条件の検討も重要だ。成功報酬はオプション価格理論を使った計算でフラットなフィーに換算すると過大な場合が多いと思われるし、そもそもこうした計算も出来ずに「成功報酬は儲かったときにだけ払うのだからいい」とか「成功報酬だと運用者も頑張るだろう」と思う投資家は愚かだ。

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