中国が抱える「トリレンマ」と期待される米中首脳会談

 私が注目する中国問題専門家に、エバン・メデイロス(Evan S. Medeiros)という米国人学者がいます。バラク・オバマ政権で大統領特別補佐官兼NSC(国家安全保障会議)アジア上級部長を歴任し、現在はジョージタウン大学教授を務めています。メデイロス氏がホワイトハウスに勤務していたころ、バイデン氏はオバマ政権の副大統領をしていた経緯もあり、メデイロス氏の分析や言説は、バイデン現政権にも一定の影響力を持つと私は見ています。

 メデイロス氏は、中国がウクライナ戦争に対応する過程で、外交的「トリレンマ」に陥っているという分析をしています(英語参照記事)。トリレンマとは、辞書的に言うと、三つのうち二つしか選択できず、残りの一つは諦めるしかない状況を指します。

 例として、良く知られる「国際金融のトリレンマ」においては、(1)独立した金融政策、(2)為替相場の安定、(3)国際資本移動の自由化の三つのうち、二つしか選べないという言説です。

 メデイロス氏が中国のウクライナ戦争対応という枠組みで掲げる「トリレンマ」とは、(1)ロシアとの同盟的関係、(2)中国外交の核心的原則遵守、(3)米国、欧州との関係安定化という要望、です。

 この三つのうち、二つしか選べない、うち一つは放棄するしかないというトリレンマ論を現実に応用すれば、特に矛盾をはらんでいるのが(1)と(3)でしょう。(2)の最たる原則が国連憲章であり、全ての国家の主権や領土の一体性は尊重されるべき、内政干渉はすべきでない、といった点が含まれます。これに違反しているロシアの軍事行動を、中国が支持することはないという判断の根拠にもなります。

(2)を堅持することは可能かもしれないが、(1)と(3)を同時に達成するのは至難の業と言えるでしょう。端的に言えば、ウクライナ戦争でロシアを実質支援しながら、欧米諸国との安定的関係を保持できるか、という命題です。「トリレンマ論」に基づけば、できない、となるでしょう。ただ、中国はそれを可能にしようとしているし、現状、あらゆる矛盾や批判を抱えながらも、この三つをギリギリのところでつなぎ留めてきたと言えます。

 特に欧州との関係については、習氏自らがフランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのオーラフ・ショルツ首相、およびEU(欧州連合)首脳部との会談に積極的で、ウクライナ戦争を解決する上での「中国の外交努力」に対する一定の評価を引き出しているように見受けられます。

 エネルギー、食糧、難民、経済、貿易などあらゆる分野で、欧州と米国の間で、ウクライナ戦争への向き合い方は異なるのは必至であり、中国はそこに着目して、欧州に寄り添い、欧州を主語にウクライナ戦争の政治的解決を促そうとしているように見受けられます。

 ウクライナ戦争は米中関係を一層複雑なものにしていますが、メデイロス氏のトリレンマ論からすれば、米国との関係安定化も、中国外交にとっては必要不可欠なピースです。このピースなくして、パズルは完成しません。

 6月18日、バイデン大統領は滞在先のデラウェア州で記者団から中国の習主席と電話やオンラインを通じて近く会談する予定はあるか聞かれ「そうするだろう」と述べました。バイデン氏大統領就任後3回目の米中首脳会談のセッティングに向けて、現在両国の外交当局間で、議題や日程、形式をめぐって交渉が行われているはずです。

 実際、6月13日にも、楊潔チ(ヤン・ジエチー)中央政治局委員とジェイク・サリバン米大統領補佐官がルクセンブルクで会談しています。ロシアによるウクライナ侵攻後、楊氏とサリバン氏という首脳の外交側近は3回会談を行ったことになります(対面2回、電話1回)。

 米中首脳部として、人権、通商、台湾といった2カ国間問題、およびウクライナ戦争に代表される他地域での地政学的問題を巡って両国関係が複雑化する中、それでも外交関係を決裂させることは、それぞれの国益にかなわないという政治的意思を見て取ることはできます。

 私の見方はこうです。

 中国外交が抱えるトリレンマを巡る三つの要素は、理論的には共存し得ない。ただ、中国は理論的に不可能なことを実践しようとしている。それは現在に至るまで、曲がりなりにも功を奏している。そして、ウクライナ戦争を解決に向かわせる中で、「第三次世界大戦」の勃発を防ぐ(そのためには、核兵器の使用を含め、プーチン氏の暴発を防ぐ必要がある)という観点からすれば、中国がトリレンマに向き合い、解決することによるメリットはデメリットを上回る。

 本稿の論点から考えると、習氏がプーチン氏とバイデン氏双方と対話や会談を重ね、続ける姿勢は、ウクライナ戦争を解決に導くうえでプラスに働くというものです。

マーケットのヒント

  1. ウクライナ戦争は長期化する様相を呈している。市場が戦況に翻弄される局面も長期化するのが必至と認識すべし。
  2. 国連憲章を遵守しつつ、ロシア、欧米双方との関係を安定的に管理しようという中国の外交方針は、ウクライナ戦争の一層の悪化を回避する上でプラスに働く。
  3. 近い将来に実現する可能性のある米中首脳会談に注目。