出口の見えないウクライナ戦争。鍵を握るプーチン、習近平、バイデン

 ロシアによるウクライナ侵攻から明日(6月24日)で4カ月になりますが、戦火が消える兆候は全く見いだせません。停戦に向けた一つのメルクマールとされるウラジーミル・プーチン大統領とウォロディミル・ゼレンスキー大統領の会談にもメドが付きません。落としどころを巡る両者の立場や要求はますます乖離(かいり)しているようにすら見受けられます。

 NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、6月19日、独紙ビルトに掲載されたインタビューで、ウクライナでの戦争は「数年間続く」恐れがあると警告していますが、現実化し得る見方だと言えます。

 仮に戦争終結が、停戦(あるいは休戦)→終戦という流れで進むとして、そこへ向けた行動の前に、そもそも何をもって停戦、終戦とするか、どういう枠組みの中でそれらを実現するかを巡って、当事者、およびNATO加盟国を中心に関連諸国の間で意見や立場が割れています。

 ウクライナ戦争では、一歩進んで二歩下がり、二歩進んだと思ったら三歩下がり…といった攻防が長期化すると見るべきでしょう。市場への示唆という観点からすれば、一歩進めば(例えばウクライナ東部で両軍が一時的に休戦)、株価は若干回復し、食料やエネルギー価格は下がるかもしれません。

 ただ、その数日後に二歩下がれば(例えばプーチン氏が「自らの欲求が得られるまで戦いを続ける」といった発言をし、再び東部への爆撃を開始する)、逆の現象が起こるでしょう。市場が戦況に翻弄(ほんろう)される状況も長期化すると見るべきです。

 そんな中、6月15日、ウクライナ危機解決のキーマンの一人とされる習近平(シー・ジンピン)国家主席が、120日ぶりにプーチン大統領と電話会談をしました(前回はロシア軍事侵攻翌日の2月25日)。二人は何を語ったのか。この会談は終戦に向けて何を意味するのか。また、ジョー・バイデン米大統領がほのめかすように、米中首脳会談は近いうちに行われるのか。私自身、ウクライナ危機の解決に向けて、プーチン、習、バイデンという三大国の首脳がどこに落としどころを探るのかが一つの鍵だと考えています。

120日ぶりの中ロ首脳会談は何を意味するか?

 6月15日、習近平氏が69回目の誕生日を迎えたこの日、中ロの首脳は120日ぶりに電話会談を行いました。あえて誕生日に電話をかける。プーチン氏なりに考えた上での行動でしょう。

 実は2019年、タジキスタンで第五回アジア相互協力信頼醸成措置会議が開かれた際にも、プーチン氏は習氏が宿泊するホテルまで赴き、習氏の66回目の誕生日をシャンパンとケーキで祝っています。

 当時、ロシアはすでに2014年のクリミア併合を受けてG8メンバーから除名されていましたが、国際的孤立を恐れるプーチン氏なりに、中国がロシアの行動を理解、尊重してくれるよう、盟友である習氏を喜ばせようとしたのでしょう。

 できることは全部やる。

 プーチン、習近平両氏に共通する行動スタイルだと私は認識しています。

 中国外交部が同日発表したプレスリリースによれば、習氏は会談で次のように発言しています。

「中国は主権、安全保障など核心的利益や重大問題において引き続きロシアと相互に支持し合い、両国間の戦略的協力を密接にしていく用意がある」

 また、ウクライナ危機に関しては、「中国は終始ウクライナ問題の歴史的経緯と是非曲直から出発し、独立自主の判断をしていくことで、世界平和とグローバル経済秩序の安定を促進していく用意がある。各方面は責任ある方法でウクライナ危機の妥当な解決を促すべきだ。中国も引き続き然るべき役割を果たしていきたい」と語っています。

 ロシア大統領府も会談について発表し、習氏は「外部勢力によってつくり出された安全保障上の問題に対し、根本的な国益を守るためのロシアの行動の正当性」を指摘したと明らかにしています。中国は、ウクライナ危機を引き起こした根本的原因は冷戦後、NATOの5回にわたる東方拡大であり、それを主導する米国の意図や政策がプーチン氏の軍事行動を招いたと主張してきました。その観点から、ロシアの安全保障上の懸念は尊重されるべきだ、という論調を張ってきました。今回の会談でも、従来の立場や主張を踏襲していたといえます。

 一方で、2月4日、北京冬季五輪に出席するために中国を訪問したプーチン氏と習氏との間で中ロ首脳会談が行われたころと現在では、中ロ間に横たわる空気感や現状認識にズレが生じているのも事実だと思います。

 同会談後に発表された共同声明では、「中ロ関係は冷戦時代の軍事同盟にも勝る。中ロ友好に限界はなく、協力に禁じられた分野もない」とまでうたっています。この「限界なし」(No Limits)は、プーチン、習両氏率いる中ロ関係の実態を象徴する概念だと解釈できました。

 その20日後にロシアがウクライナに軍事侵攻をし、翌日にプーチン、習両氏が電話で会談をし、戦争が終わらない中、さらに120日後に再び両氏が電話で話をした。私から見ると、ウクライナ情勢がこれだけ目まぐるしく、激しく、多くの損失と犠牲を伴いながら変遷してきたにもかかわらず、3カ月以上も会談をしなかった事実は、ウクライナ危機が中ロ関係にとっていかに複雑、敏感、微妙な性質を内包しているかを物語っているように思います。

 2013年3月、習氏が国家主席に就任した直後に最初に訪問したのがロシアであり、それから2022年2月4日までの間、二人が38回も対面で会談している経緯を顧みればなおさらです。

 2月4日、2月25日、6月15日の会談を振り返ると、先述した中国側の基本的立場や認識は変わっていませんが、現在に近づくにつれて、ロシアの行動に理解と尊重を示す「ロシア支持」のトーンは下がっているように見受けられます。中国がロシアの軍事行動そのものを公式に支持することもないでしょう。

 一方で、いろいろあるけれども、中ロはやはり同じ戦略的目標と世界秩序観を共有し、互いの政治体制、地政学的欲求、核心的利益を支持し合っていこうと再確認したということでしょう。

 ロシアの行動は、中国が外交的にボトムラインに据える国連憲章に違反する。故に支持はできない。それでも、ロシアを見限ることはしない。矛盾しているようですが、これが中国側の現実的な認識であり、立場です。

中国が抱える「トリレンマ」と期待される米中首脳会談

 私が注目する中国問題専門家に、エバン・メデイロス(Evan S. Medeiros)という米国人学者がいます。バラク・オバマ政権で大統領特別補佐官兼NSC(国家安全保障会議)アジア上級部長を歴任し、現在はジョージタウン大学教授を務めています。メデイロス氏がホワイトハウスに勤務していたころ、バイデン氏はオバマ政権の副大統領をしていた経緯もあり、メデイロス氏の分析や言説は、バイデン現政権にも一定の影響力を持つと私は見ています。

 メデイロス氏は、中国がウクライナ戦争に対応する過程で、外交的「トリレンマ」に陥っているという分析をしています(英語参照記事)。トリレンマとは、辞書的に言うと、三つのうち二つしか選択できず、残りの一つは諦めるしかない状況を指します。

 例として、良く知られる「国際金融のトリレンマ」においては、(1)独立した金融政策、(2)為替相場の安定、(3)国際資本移動の自由化の三つのうち、二つしか選べないという言説です。

 メデイロス氏が中国のウクライナ戦争対応という枠組みで掲げる「トリレンマ」とは、(1)ロシアとの同盟的関係、(2)中国外交の核心的原則遵守、(3)米国、欧州との関係安定化という要望、です。

 この三つのうち、二つしか選べない、うち一つは放棄するしかないというトリレンマ論を現実に応用すれば、特に矛盾をはらんでいるのが(1)と(3)でしょう。(2)の最たる原則が国連憲章であり、全ての国家の主権や領土の一体性は尊重されるべき、内政干渉はすべきでない、といった点が含まれます。これに違反しているロシアの軍事行動を、中国が支持することはないという判断の根拠にもなります。

(2)を堅持することは可能かもしれないが、(1)と(3)を同時に達成するのは至難の業と言えるでしょう。端的に言えば、ウクライナ戦争でロシアを実質支援しながら、欧米諸国との安定的関係を保持できるか、という命題です。「トリレンマ論」に基づけば、できない、となるでしょう。ただ、中国はそれを可能にしようとしているし、現状、あらゆる矛盾や批判を抱えながらも、この三つをギリギリのところでつなぎ留めてきたと言えます。

 特に欧州との関係については、習氏自らがフランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのオーラフ・ショルツ首相、およびEU(欧州連合)首脳部との会談に積極的で、ウクライナ戦争を解決する上での「中国の外交努力」に対する一定の評価を引き出しているように見受けられます。

 エネルギー、食糧、難民、経済、貿易などあらゆる分野で、欧州と米国の間で、ウクライナ戦争への向き合い方は異なるのは必至であり、中国はそこに着目して、欧州に寄り添い、欧州を主語にウクライナ戦争の政治的解決を促そうとしているように見受けられます。

 ウクライナ戦争は米中関係を一層複雑なものにしていますが、メデイロス氏のトリレンマ論からすれば、米国との関係安定化も、中国外交にとっては必要不可欠なピースです。このピースなくして、パズルは完成しません。

 6月18日、バイデン大統領は滞在先のデラウェア州で記者団から中国の習主席と電話やオンラインを通じて近く会談する予定はあるか聞かれ「そうするだろう」と述べました。バイデン氏大統領就任後3回目の米中首脳会談のセッティングに向けて、現在両国の外交当局間で、議題や日程、形式をめぐって交渉が行われているはずです。

 実際、6月13日にも、楊潔チ(ヤン・ジエチー)中央政治局委員とジェイク・サリバン米大統領補佐官がルクセンブルクで会談しています。ロシアによるウクライナ侵攻後、楊氏とサリバン氏という首脳の外交側近は3回会談を行ったことになります(対面2回、電話1回)。

 米中首脳部として、人権、通商、台湾といった2カ国間問題、およびウクライナ戦争に代表される他地域での地政学的問題を巡って両国関係が複雑化する中、それでも外交関係を決裂させることは、それぞれの国益にかなわないという政治的意思を見て取ることはできます。

 私の見方はこうです。

 中国外交が抱えるトリレンマを巡る三つの要素は、理論的には共存し得ない。ただ、中国は理論的に不可能なことを実践しようとしている。それは現在に至るまで、曲がりなりにも功を奏している。そして、ウクライナ戦争を解決に向かわせる中で、「第三次世界大戦」の勃発を防ぐ(そのためには、核兵器の使用を含め、プーチン氏の暴発を防ぐ必要がある)という観点からすれば、中国がトリレンマに向き合い、解決することによるメリットはデメリットを上回る。

 本稿の論点から考えると、習氏がプーチン氏とバイデン氏双方と対話や会談を重ね、続ける姿勢は、ウクライナ戦争を解決に導くうえでプラスに働くというものです。

マーケットのヒント

  1. ウクライナ戦争は長期化する様相を呈している。市場が戦況に翻弄される局面も長期化するのが必至と認識すべし。
  2. 国連憲章を遵守しつつ、ロシア、欧米双方との関係を安定的に管理しようという中国の外交方針は、ウクライナ戦争の一層の悪化を回避する上でプラスに働く。
  3. 近い将来に実現する可能性のある米中首脳会談に注目。