現在のインフレとFRB

 目下、FRBはインフレを抑制することに最大の重きを置いているように見える。前述のように、2022年5月に異例の0.5%の利上げに踏み切ったことに続き、6月、7月にも同幅の利上げの可能性を示唆している。加えて、FRBのバランスシートの縮小(債券市場の需給にとって強い売り材料)を進める意向を示している。率直に言って、「前のめりで、焦っている」と感じる。

 FRBにとって現在の米国のインフレの昂進はそもそも想定外だったのだろう。そして、近い過去にこのようなインフレの例はない。現在のインフレ抑制への試みは「手探りで試しながら」の金融引き締めだ。FRBとしては早く成果を出したいだろうが、物価の抑制に対して利上げに「即効性」はない。金融引き締めは何れ効くことがはっきりしている点で有効な経済政策だと言えるが、希望する時期に合わせて効果を出せるほどの精度はない。

 そして、思い切って言うなら、現在のFRBは「どのような政策が、どのような効果をもたらすか」について確信を持っているわけではなさそうだ。もっとも、多少なりとも新しい事態に対して、権威のある政策当局といえども確たる根拠を持って政策を決めていないことは珍しくない。むしろ、それが普通なのだ。

 そして、大凡「FRBの金融引き締めが続く限り株価の本格的な再上昇は難しい」と考えていい。

FRBが「やり過ぎ」になる可能性はないか

 米国の庶民にとって、また今年後半にある中間選挙にとって、政権として大きな問題は物価の上昇だ。

 米国の物価上昇には2つの要因がある。1つはウクライナ紛争に伴うロシアへの経済制裁などが影響している資源や食料などの価格上昇であり、もう1つは米国のコロナ対策の「金融緩和+財政支出」が効き過ぎて景気が過熱していることだ。金融引き締めによって後者を抑えて、徐々に物価を安定させることは好ましいが、前者の効果も含めて早急に物価を抑えようとすると、実体経済を過剰に抑制する可能性があり、また資本市場や資産価格に過大な下押し圧力をもたらす可能性がある。前者の主としてコストプッシュ的インフレは一過性であり継続する性質のものではないが、これを短期的に金融政策で抑え込もうとすると、「原油価格が大きく下がるまで経済を不活発にする」レベルまでの金融引き締めが行われる可能性がある。

 FRBがインフレの抑制に短期的な成果を求めて金融引き締めを「やり過ぎる」ことは当面の大きなリスク要因だ。前述のように、「実は専門家にも加減が分からない局面」なので、その可能性はゼロではない。

 こうした状況は多くの投資家の既に広く知るところだが、「思っていたよりもFRBは強硬だった」という状況が起こり得ることは頭に入れておきたい。その場合、株価は「壊滅的」に見えるくらい下落する可能性があるが、その局面は「10年に一度レベル以上の買いチャンス」になる可能性が大きい。投資家としては、心配だけれども大きなチャンスであるかも知れない状況だと思っておくといい。

FRBの政策転換の契機は何か

 投資家は、いささか「前のめり」に見えるFRBが、金融引き締めを「止める」ないし「予想されていたペース以下に減速する」条件について全力で注目すべきだ。

 条件は3つあり得る。(1)物価上昇が目に見えて終わった時、(2)雇用が悪化した時、(3)金融システムに不安が生じた時、だ。(3)には金融機関や大手企業の経営破綻、社債のデフォルトなどが該当する。

 多くの経済主体が、金融引き締めによる金利の上昇を受けて、あるいは将来の影響を考慮してモノやサービスに対する需要を抑制することが明らかになって、物価の上昇が急激に止まるなら、FRBにとっては「成果」なので金融引き締めの加減を検討する契機になり得る。

 また、FRBは「物価の安定」と「雇用の最大化」の2つの目的を持っている組織なので、雇用情勢が明らかに悪化する局面になると、インフレ抑制のための金融引き締めを中止ないし減速する可能性がある。

 しかし、(1)、(2)の2条件は、金利の引き上げで経済活動が減速することによって「需要と供給の関係から」生じる性質のものなので、金融引き締めの効果が出るまでには時間がかかると考えておく必要がある。何れも、経済活動全体が減速することによって生じる事態なので、時間がかかる。

 他方、(3)は、金融機関の経営の失敗や、資金繰りの悪化や社債市場の急激な状況悪化などから企業の破綻などによって生じる可能性がある問題だ。こうした状況が起こった場合、FRBは金融引き締めのペースを落とすだろうし、場合によっては引き締めから緩和に態度を変更する可能性もある。

 こうした変化の可能性は、経済統計を眺めていても兆しを見つけにくいだろう。

投資家はどうしたらいいか

 株価変動の要因は金融環境だけではないが、米国株の株価に対してFRBがどう動くのかは決定的だ。

 ただし、FRBは当面インフレ対策に注力するのだろうから、今後、金融引き締めの追加と、株価の下落の公算が大きい、と考えて、株を売りたくなるかも知れないのだが、ここで立ち止まって考えるべき要素が複数ある。

 先ずこうした状況を市場の参加者は既に知っていて現在の株価に織り込んでいる可能性であり、さらに、(1)インフレの沈静、(2)雇用の悪化、(3)金融システムを危機に晒すイベント、などが生じる可能性だ。

(1)、(2)、(3)は何れも起こり得るが、その後の金融政策の方向性に変化が予想された場合の株価の上昇は急激且つ大幅である可能性がある。

 当面の金融政策を考えた場合に株価が下がる可能性が大きいからといって、持っている株を売って、より安い株価で買い直そうという戦略は、売買の手数料まで考えるとなかなか上手くは行きにくい。

 多くの投資家にとって、「持ち株をそのまま持ち続けて、値下げがあってもそれに耐えて、将来の上昇を待つ」バイ・アンド・ホールド戦略が適切だろう。年金基金のようなプロの機関投資家にとっても同様だ。

 敢えてアドバイスを付け加えるなら、(3)に該当する金融機関の経営不安や大手企業の社債のデフォルトなどの可能性が興味深い。その際に株価全般は大きく下げる可能性が大きいのだが、それをきっかけにFRBが政策を転換する可能性が大きい。この状況が起こると、投資の好機になる可能性が極めて大きい。

 個人投資家には、「バイ・アンド・ホールドでじっとしていましょう」を基本方針としつつも、「株価が急落するチャンスがあれば追加投資を狙いましょう」と言っておく。