中国はマクロン大統領が提唱する「新・欧州政治共同体」を支持する

 中国はもはや米国を信頼していない。それどころか、ウクライナ戦争は米中対立を加速させている。そんな米国の対ロシア、中国戦略に向き合う上で、中国が拠り所に据えているのが欧州、特にフランス(+ドイツ)というのが私の見方です。

 ウクライナ戦争勃発後、中国はEU(欧州連合)、特にフランスとドイツとの連携と対話に力を入れてきました。3月8日に行われた中仏独首脳会議、4月1日の中国・EUサミットなどで、習近平主席は「欧州は独自の対中認識、政策を持つべきだ」と促してきました。4月25日、マクロン大統領が再選すると真っ先に祝電を送り、「中国とフランスは共に独立自主の伝統を持つ大国である」と語り、共働を提案しています。

 直近では、習近平主席は5月9日にドイツのショルツ首相とテレビ会談を、10日にマクロン大統領と電話会談を行っています。前者では、「中欧関係は第三者に対抗せず、依存せず、制約も受けないという点を、戦略的コンセンサスとして長期的に堅持すべきだ」と呼び掛けました。後者では、「中国は一貫して独自のやり方で講和を促し、欧州国家が欧州の安全を自らの手中に掌握することを支持してきた」と言えば、マクロン大統領は「フランスと中国はウクライナ問題で多くのコンセンサスを有している」と返しました。

 5月3日、マクロン大統領はプーチン大統領と電話会談をし、ウクライナ情勢について2時間話し、協議を続けていくことで合意しています。フランスがロシアとの対話を重視していることも、習主席に「フランスとは連携できる」と感じさせている要因だと思われます。

 実際に、ウクライナ戦争が長引くことで、欧州国家が被る損失は米国の比ではないでしょう。欧州国家が米国に比べて「戦争を終わらせたい」という思いを強く抱いているというのは事実でしょう。中国としては、そんな欧州の懐に潜り込み、主語を「欧州」に置き、ウクライナ危機とはそもそも欧州の安全保障上の問題なのだ、米国は関係ない、部外者が関わるとろくなことはない、という既成事実を作りあげたいのです。

 その意味で注目されるのが、5月9日、マクロン大統領がフランス東部ストラスブールのEU欧州議会で演説した際、ウクライナなどがEU加盟達成前に欧州諸国と協力を深められるよう、EUより幅広い新たな「欧州政治共同体」の創設を提案した経緯です。ショルツ首相もこの提案に対し「興味深い」とコメントしています。

 現状のままでは突破口は見いだせない、ウクライナがロシアのドンバス地方やクリミアへの主権を認めることは考えにくく、ロシアがウクライナのNATO(北大西洋条約機構)やEU加盟を受け入れることも考えにくい。ならば新たな発想や枠組みが必要になる。それは当事者である欧州諸国によって提起、実践されるべきだ、というのが中国の考えであり、その意味でマクロン大統領による提案を後押しするでしょう。

 最後に、中国がフランスやドイツとの対話や連携を強化する背景には、新疆ウイグル自治区における人権問題などが引き金となり凍結してしまっている中国・EU投資協定を前に進めたいという思惑もあるでしょう。4月20日、全国人民代表大会が、ILO(国際労働機関)が採択した「強制労働条約」(1930年)と「強制労働廃止条約」(1957年)の批准を承認したのも、人権問題で中国が前進していることを、特に欧州国家にアピールする狙いがあったからだと推察できます。

 中国は引き続きロシアに対する側面支援をしつつ、ウクライナに対して人道支援を続け、米国に対するネガティブキャンペーンを強化する、その過程で欧州、特にフランス主導でウクライナ危機が軟着陸するように外交的あっせんを図っていくものと思われます。