解約の考え方

 リーマンショックは、俗に「百年に一度の危機」と呼ばれただけあって、さすがに強烈であった。これは、一度過ぎたから、あと百年くらいは大丈夫だ、という意味ではないので、同様の事態が再び襲ってくる可能性があることを頭に入れておく必要はある。しかし、可能性はゼロではないが、それが起こる確率は小さい、ということも同時に認識しておくべきだろう。

 積み立て投資をする際のドルコスト平均法に代わる「気休め」のシステムとして、定率の解約を推奨する向きもあるが、せっかく運用する資産があるのだから、筆者はお勧めしない。

 解約の大原則は「お金が必要なときに、買値にこだわらずに、バランスよく解約する」ということでいいのではないだろうか。お金は使うためにある。

 10%云々という損切りの目処を設けておきたいという質問者の気持ちは分からぬでもないが、この方法には根本的な難点が二つある。

 まず、自分の買値は将来の相場動向に影響を与える材料ではない。従って、買値から何%上がった・下がったということを基準に売買を決定することは不適切だ。「高値から10%下落したら」という具合にルールを改定する事もできるが、過去の価格の動きで将来の価格の動きを予想できるわけではない(つまり、テクニカル分析は有効ではない)のだから、これも無意味だ。企業の業績見通しや経済環境が悪化していないのに株価だけ下がったのなら、期待リターンはむしろ以前よりも高まっていると考えることができる。

 もう一つの問題は、将来の売買は、その時までに得られた情報を加味してその時に判断すべきであって、あらかじめ売買のルールを決めておくことに意味がないということだ。「ルール化」が好きな人の多くは、この点に気づいていないか、将来の自分の判断を信用していない。しかし、将来の自分が信用できないなら、なぜ現在の自分の判断を信じているのか。

 売買ルールをあらかじめ決めておくと、「将来、後悔する可能性をより小さくできる」という感情面でのメリットがあるが(行動経済学では「後悔回避のバイアス」として研究されているが、合理性からの逸脱行動の一つだ)、「気休め」のために、合理的な行動から逸脱するのはもったいない。

 それでは、投資家はどの程度相場を判断したらいいのか。

 これは、将来の予測をどう得ることができて、それに対してどの程度の信頼感を持ち、これをどの程度アセットアロケーションに反映させることが適切か、という問題だ。

 筆者は、投資家はある程度相場を判断できると考えているが、それは、予想の信頼度を調整すると、期待リターンにしてせいぜい1、2%程度の上下があり得るという程度の有効性だ。具体的には、リスク資産への投資額を1、2割増減させることが適切だろうか、という程度の判断だ(注:詳しい説明は、過去の本連載のアセットアロケーションに関する記事をご参照下さい)。

 現在は、「リスク資産への配分を平時よりも減らすべき時」ではない、と筆者は考えている。

 質問者の場合、生活の上での備えとなる無リスク資産をまずまずお持ちのようなので、当面、アセットアロケーションの変更は必要ないのではないだろうか。ただし、リスク資産の価格変動が心理的に負担なようであれば、近い将来、中身の上では現在のバランスをおおむね保ちながらリスク資産の運用金額を減らすことを検討するのが適当かも知れない。

【コメント】

 2011年に公開されたものなので10年以上前の記事になる。近年、2016年の「ライフ・シフト」の刊行を切っ掛けとして「人生100年時代」のキャッチフレーズの下に高齢期のお金の問題が注目を集めており、筆者もあれこれ考えるところがあった。高齢期には人的資本が縮小するが、同時に潜在的な負債も縮小するので、高齢期の運用でリスクを取ることが不適切になる訳ではない、というこの原稿での認識は現在も変わらない。年齢も含めた「人のタイプ」によってリスクの大きさ以外の運用内容に変わりはないという点も同様だ。これらは、世間のファイナンシャルプランニングではしばしば誤解されている。

 一方、高齢期の資産運用について筆者が最近付け加えた内容としては、運用を親子二世代で行うことが望ましいという「二世代運用」の考え方がある。読者には、資産運用は親子をセットで考えるとどうかという視点を付け加えて読んで欲しい。無駄な現金化などが減ることは、運用の一般論として好ましいことだ。(2022年3月14日 山崎元)