運用における「小さな賭け」メソッドの落とし穴

 ただ、この本のアプローチが、株式投資やFXのようなマーケットのゲームでの有効性については、少々注意が必要だ。

 率直にいうと、これは相当に危ない場合があると言わざるを得ない。

 たとえば、投資銘柄の評価方法やトレードの方法について、「小さな金額で試してみて、上手く行くようなら、投資金額を大きくする」というスタイルで物事を進める投資家が少なくないが、これがなぜ危ないのか。

 それは、マーケットの世界では、正しい戦略が時間とともに容易に変化するからだ。

 仮に、「PER(株価収益率)が相対的に低い銘柄が現在過小評価されていて、将来のリターンが相対的に高いはずだ」という仮説を持ったとしよう。PERが相対的に低い銘柄を組み合わせてポートフォリオを作る。たとえば、1年間自己資金の2割でこの戦略を試し、もう1年今度は4割で試す。ここで2年ともに上手く行ったことを確認して、3年目には、持っている資金全額を投資するとしよう。さて、どうだろうか。

 この場合に次のような事情になっている可能性がある。

 最初の2年間、高いリターンが得られたのは、当初判断した通り、低PER銘柄が過小評価されていたからだった。それが、この2年間ですっかり解消するにあたって、高いリターンが実現することになった。

 しかし、3年目に入る時点では、低PER銘柄の過小評価はすっかり解消しており、むしろ過大評価気味になっているとしたらどうだろうか。過去2年間に、高いリターンが得られたということは、むしろチャンスの消失を強く示唆する情報であったと考えるべきだったのだ。

 しかし、投資家はしばしば、過去に得た良い結果を、自分の方法あるいは自分の能力が優れていたからだ、と解釈したがる。実際にお金を使い、お金を増やした、という現実のリアリティはしばしば圧倒的だ。

 その結果、賭けが裏目にでるときに、賭金が最も大きい、といった事態が起こりがちになる。

 これは、機関投資家の世界では、「市場の歪みの修正を利用して、安定した絶対リターンを稼ぐ…」などと標榜するヘッジファンドへの投資で起こりがちなことで、ヘッジファンドに少額の資金から運用を任せ始めた年金基金が、当初の1、2年で結果がいいことに自信を深めて、投資額を拡大してから大きな損をする、といった悲劇がしばしば起こる。必ずそうなるというわけではないが、そうなるストーリーには十分筋が通っている。

 こうした世界では、しばしば「トラック・レコードは?」(注:過去の実際の運用パフォーマンスのことを「トラック・レコード」と呼ぶ)と問うスポンサーが多い。2年、3年、5年と、提出されるトラック・レコードの期間は様々だ。トラック・レコードを確認せずに投資するのは乱暴だと思う一方で、彼らがトラック・レコードを知って何を判断できると思っているのだろうか、と心配になることがある。

 マーケットでプレイするゲームにあっては、「有効な方法」が時間の変化に対して安定しない傾向がある。これは、市場参加者を除く外部環境自体がしばしば激しく変化するからでもあるし、市場の参加者が市場の状況を見て戦略を変えるし、また、価格を動かしもするからだ。