中国企業家としての処世術
このように振り返ると、マー氏が、習近平政権の経済、外交、そして安全保障をめぐる政策に相当深い次元で関与してきたことがわかります。
李首相との会談では、マー氏は同首相が関心、懸念を持つ消費や雇用という分野で当局を手伝う、恩を売る、貸しを作ろうとしている奮闘ぶりが見て取れます。
さらに、習主席の“特使”とまでは言えないものの、習近平政権が当時懸念していたトランプ時代を迎える直前に行ったトランプ氏との会談は、米中関係を安定的に管理するために、一企業家としてできることを実行したのでしょう。李首相との会談同様、当局に手伝う、恩を売る、貸しを作ろうと奮闘しているのです。
マー氏と中国共産党が、敵か味方かという二項対立的な局面を超えて、持ちつ持たれつの、互いに利用し合う、必要とする関係性にある、というのが実態といえるでしょう。
党がマー氏の上に立っているという究極的構造に変わりはありませんが、時と場合によって、両者がそれぞれの思惑でバランスを取りながら、右へ左へ、上に下に揺れ動いているイメージです。
以前、本連載でも言及しましたが、以上の理由と構造から、マー氏、アリババ社が、どこまで行っても「中国企業」としての自覚を持って、グローバルな成長を追求することで、中国経済に貢献する、その過程で、中国共産党の政治的関心を断じて尊重する姿勢に変化が生じることはないでしょう。
と同時に、中国共産党側も、同氏、同社がそのような姿勢を堅持する限り、同社の成長を見届け、手を差し伸べ、恩を売り、貸しを作ろうとするでしょう。両者をつなげているのが、14億の中国人民。党は政治的に、マー氏は経済的に取り込まなくてはならない最大の標的です。人民が両者の間に君臨している限り、双方が互いを手放すことはないでしょう。
私が、アント・フィナンシャル社が遅かれ早かれ上場すると考える最大の根拠がここにあります。
そして、マー氏は中国でごまんといる企業家の一人、アリババ社は中国でごまんとある企業の1社に過ぎません。マー氏に個性的、独創的な考えや動きがあるのは論を待たないですが、絶対多数の中国企業、実業家はマー氏と同じように、党との関係を常に意識し、党が現在何を求め、何に悩んでいるのかを敏感に感じ取り、自らの経営判断につなげているのです。
5月末、中国の電子商取引大手JDドット・コム(09618:香港)の物流部門であるJDロジスティクス(02618:香港)が香港市場に上場しました。近年でいえば、アリババ(09988:香港)、百度(09888:香港)も、米国に続いて香港に重複上場しています。
米中戦略的競争関係がもはや既定路線となり、そんな中、米国が民主化活動で揺れる香港を通じて中国共産党に圧力をかけようとしている。香港では『国家安全法』が施行され、選挙制度の見直しを経て、この国際自由都市が果たして、引き続き国際金融センターとして機能していくのかが懸念されている。こういった情勢の中、習近平、李克強両指導者も香港の混乱と衰退、そしてそれが中国経済、そして中国という国家の信用に及ぼす悪影響を懸念している。
そんな心配はない。香港市場は、引き続き中国経済の成長のうまみを吸い上げる中継地だ。
勢いのある大手民間企業は「お上」である党に対して、自らの行動でそう証明しようとしているのです。これらの企業が、相次いで香港市場へ上場するのには、共産党に恩を売り、貸しを作るという意図が込められているということです。それだけではありませんが、それこそが中国企業の処世術なのです。