ドルはすでに構造的な逆風にさらされている?

 為替の歴史は政治の歴史である。米国はこれまで基軸通貨である米ドルをベースにした国際決済の枠組みを時に他国への制裁に使うなど、その地位を享受し乱用してきた。一方、大胆な財政政策と積極的な金融緩和政策の組み合わせによって、米国が抱える赤字はかつてないほどにまで高まっている。

 CBO(米国議会予算局)が11日に発表した中長期の財政見通しに関する報告書「The Budget and Economic Outlook:2021-2031」によると、2021年度(2020年10月~2021年9月)の財政赤字は2兆3,000億ドル、債務残高は22兆5,000億ドルに達する見込みだと試算されている。これは、GDP(国内総生産)比で10.3%と、前年度(14.9%)よりも改善するものの、1945年以降で前年度に次ぐ2番目に大きな割合となる。

 財政赤字額は前年度より9,000億ドル縮小するが、現在議会に提出されている1兆9,000億ドル規模の経済対策が反映されていないため、今後、この法案が成立すれば、さらに赤字規模は拡大していくことが予想される。

米国連邦政府が抱える赤字額の推移 1900年から2050年(予測)

出所:ゼロヘッジ

 戦後のブレトン・ウッズ体制の下、米国は世界の貿易・金融の中心的役割としてのドルを有利に使い、彼らの言う貿易関係の公平化と制裁の道具としてきた。しかし、全ての行動には、それに対応した反作用を伴う。米国がドルを使い強行に出れば出るほど、世界の貿易と金融の中心にある米ドルの役割を取り除こうとする各国の動きが加速し、結果としてこの強力な地位の優位性の終わりが目前に迫っているかもしれない。

 ゼロヘッジの記事「DoubleLine Warns Events Are In Motion To Remove Dollar As Reserve Currency(準備通貨としてのドルを取り除くためのイベントが動き出しているとダブルラインが警告)」によると、そうした動きはすでに加速しており、国際間の決済で使われるドルの割合が減少している他、外貨準備としてのドルの保有も確実に減ってきているのである。

 例えば、米国はここ数年、世界の貿易環境の不公平に対処するという名目で、NAFTA(北米自由貿易協定)をUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に置き換えた。中国からの輸入品に対する関税を引き上げる貿易戦争を果敢にしかけた。ロシアによるクリミア併合を受けて2014年にはロシアに対して、最近ではイランやベネズエラに対する制裁を実施し、世界の貿易と金融の中心にあるドルの役割を効果的に利用して、他国にコンプライアンスを強要した。

 こうした行動は、米国から直接標的とされた国以外の国々にも影響を与え、今日、世界中の多くの政府が、1944年以来君臨してきたドルベースの世界貿易・金融システムへの依存を取り除くために、対抗措置を講じている。

 昨年11月には、世界のGDPの3割を占めるアジア15カ国が、自由貿易圏を創設する「RCEP(地域包括的経済連携協定)」に署名した。この協定の副産物として、地域貿易の二国間決済に焦点を当て、地域貿易の標準的な取引単位としてのドルを効果的に排除することが挙げられると言う。また、世界の貿易・決済において米ドル基準からの脱却に向けた取り組みを行っているのは欧州も同様だ。27カ国からなるEU(欧州連合)の執行機関である欧州委員会は、「ユーロの国際的な役割」を強化するという目標を明記したコミュニケーションを発表した。

 実際に、世界最大の決済ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)においては、すでにドル取引が落ち込んでいる。もちろんコロナウイルスの感染拡大というパンデミックとそれに伴う世界経済の混乱の後ではあるものの、昨年11月のRCEPの締結のタイミングで大きく落ち込んでいることは注目に値するだろう。

SWIFTにおけるドルベースの決済シェア

出所:ゼロヘッジ

 もう一つ注視すべきは、世界の中央銀行の外貨準備におけるドルの割合である。国際的な外貨準備の大部分はドルで占められてきた。しかし、ECB(欧州中央銀行)とIMF(国際通貨基金)が発表しているデータによると、2016年頃から外貨準備に占めるドルの割合は減少している。

外貨準備に占めるドルの割合

出所:ゼロヘッジ

 米国の経常赤字の拡大と財政赤字の拡大によるドルのファンダメンタルズの弱体化は避けられない事実であろう。地域貿易協定や国際的な政策の動きによって状況が悪化していることは言うまでもない。この逆風は、当分の間続く可能性が高く、そして強まっていくだろう。