中央政府が強行突破で取り組んだ「統計改革」

 ここからは、経済統計に関する信用を獲得するために、中国政府が取り組んできた「改革」の一端を検証していきます。

 2019年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)にて、国家統計局のトップである寧吉哲(ニン・ジージャー)局長が、2020年以降、同局が主導する形で、GDPの計算方法を全国で統一する方針を明らかにした上で、以下のように指摘しています。

「我が国の国民経済算出体系は、改革開放40年の改革を経て、著しい成績を収めている。特に、党の第18期三中全会(2013年11月)以来、統計方法に対して新たな改革の任務を与え、前向きな進展も見られる。現在、中国の国民経済算出体系は国際的な規範に通じ、算出されたGDP数値は国際水準に引けを取らない、科学的で信頼できるものとなっている」

 寧氏は、統計局局長に就任して以来3年間、現職、あるいは前職の国際連合統計局局長と何度も交流をしてきたとし、「中国の国民経済算出のレベルは、世界範囲では中の上くらいで、新たな経済分野の算出では、主要国家よりも進んでいると、彼らは言っていた」と振り返っています。

 この中央政府によるトップダウンの改革を後押ししてきた事情が、まさに統計の信ぴょう性向上という動機でした。中国では、長年、全国で31ある各省(22の省、4の直轄市、5の自治区)がそれぞれ算出したGDPの合計(以下「A」)が、国家統計局の発表する中国全体のGDP(以下「B」)を上回ることが多かったため、「GDP至上主義」に基づいて、自らが管轄する行政区域の業績を中央にアピールしたい地方政府やそこで働く官僚が、意図的に数字を水増ししているのではないかという疑念が拭えませんでした。

 過去において、AとBの間には、どれだけのかい離が存在していたのか見てみましょう。

 例として、2006年、Aの合計はBが発表した数値よりも1.5兆元(約24兆円)多く、これが2010年に4.9兆元(約78兆円)、2015年に4.6兆元(約74兆円)にまで膨らんだのです。世界第3位の経済大国である日本のGDPの10分の1以上に値するほどの数字が、AとBの間の「差額」として君臨してきたのです。

 もう一つの側面から、中国のGDP算出の現状がいかに異常であったかを見てみます。

 リーマン・ショックに見舞われた2009年、中国のGDP成長率は前年比8.7%増えましたが、AはBよりも断然高く、しかも、31の省のうち、全国平均であるはずの8.7%増よりも低い省が3つしかなく、うち2つの省は16%増ですらあったのです。2016年のGDP成長率は前年比6.7%増でしたが、31の省のうち、27省の数値がこれよりも高くなっています。

 どこからどう見ても、統計の信ぴょう性を揺るがせる事態であることに変わりはなく、一方で、中央政府が各地方自治体の首長や現場に対して「官僚としての誇りを持て!」「道徳をもって日々の仕事に取り組め!」と命令しても、官僚として最大のモチベーションであろう“昇任欲求”を満たすためには、GDPで実績を証明するしかないというのもまた事実だったのでしょう。

 事態を打開するために、中央政府がまず呼び掛けたのが「脱GDP主義」。上海市などでは、すでに数年前からGDPを各政府機関、官僚の評価基準にしない政策が取られていますが、GDPよりも大切な指標がある(例えば、緑化政策、社会保障、労使環境)といった「新常態」を訴えることで、地方政府にGDPを水増しさせない抑止力にしようとしました。

 もう一つが今回の「改革」案です。地方政府に期待するよりも、権限を自らの手中に引き寄せることで、強行突破しようというわけです。また、先ほどの寧局長も指摘していましたが、統計局は、GDPそのものだけではなく、最近盛り上がっている「プラットフォーム経済」「デジタル経済」といった分野の統計が、GDPの中でどのくらいを占めるのかを算出するなど、統計の中身を充実、細分化することで、信ぴょう性の向上を狙っているようにも見受けられます。