貯蓄率から老後生活費を求める

人生の正しい計画性という意味では、老後にどのような生活を望み、そのために幾ら貯蓄しなければならないかと考えるのが堅実な考え方であり、正道だろうが、「無い袖は振れない」と感じることが多いのも事実だ。先ほどとは逆方向に「可処分所得の何%を貯蓄すると、老後の生活費は現役時代の何%になるか」、即ち、貯蓄率sを前提とした時の老後生活費の掛け目xも分かると便利だ。式4がその計算式だ。これは、直感的にも、年金額と資産の取り崩し額の合計を、現役時代の生活費で割り算した結果なので、納得しやすいだろう。

   (式4)

具体例を一つ計算してみよう。これから20年働くつもりの45歳の会社員がいて手取り年収を600万円としよう。彼(彼女)が現在1,000万円持っていて、現在の手取り年収の15%(90万円)を貯蓄しようと考えており、年金額を150万円と想定するなら、老後の生活費は今後の現役生活の生活費の何倍(x)になるか。計算結果は、x=0.495となり、今後の現役時代のほぼ半分の生活が可能だということになった。

これでよしと見るか、もう少し貯めなくてはと考えるかは、人それぞれだろうが、自分の収入額や生活費を基準に老後の生活費と現役時代の貯蓄率の関係が大凡計算できることは有益だ。

筆者がこれまで、いろいろなケースを想定して必要貯蓄率(s)を計算してみると、「これくらいであってくれたらいいなあ」という数字よりも高めの数字が出ることが多かった。これは、現役時代に考える「安心な老後生活」のイメージが高めであることの反映だろう。

必要な貯蓄率が簡単に計算できてしまって、現実を突きつけられると息苦しいと思われる方もいるかも知れないが、家計の現実を知らずに、何となく誤魔化しながら時を過ごすのは良くない。現実は直視すべきだ。

運用利回りとインフレ率の反映

さて、人生には多大な不確実性があり、先の計算も、将来の稼ぎや生活設計の前提を含めて、大きく変化するかも知れない前提条件を含んでいる。率直に言って、「運用利回りがインフレを相殺した場合」を考えた、先の式3と式4で十分に実用的だと思うのだが、本稿は、せっかく投資に関心のある方に向けて書いているのだから、「運用利回り」が結果に反映しない計算式だけで済ませるのでは、少々物足りないと思われる読者がいらっしゃるだろう。

現在の資産額(A)と今後の貯蓄額の運用利回りを結果に反映させることを考えてみよう。

老後の生活費に備えるような長期の運用にあっては、名目の運用利回りとインフレ率の両方が重要な影響を及ぼすが、これらをまとめて、名目の運用利回りからインフレ率を差し引いた実質利回り(i)で考えることにする。

老後の生活費を年金等の定期収入Pと資産の取り崩しD(共に年額)で考える事は先ほどと同じだ。

   (式1・再掲)

次に、取り崩し額Dだが、これは、今後の毎年sYの積立貯蓄のa年間の運用結果と、分析者が現在持っている資産額(A)をa年間複利運用した合計額を、b年掛けて取り崩すと考えた。前者は毎年の積立額を利回りiで運用した場合の「年金終価係数」を掛けて求め、後者はAに(1+i)のa乗を掛け合わせる形で求める。

取り崩しが始まってからも運用を続けるとそれなりの期待リターンがあるはずだが、先ほどの式3、式4と条件を揃えたいということもあり、「運用利回り=インフレ率」くらいの手堅い運用に切り替えるという保守的な前提条件で計算してみた。老後の年当たり取り崩し額は以下の式5の通りだ(但し、i≠0)。

   (式5)

さて、この式5を式1に代入して、sについて整理して式6を得た。

   (式6)

さて、先の具体例の35歳会社員が「実質利回り2%(i=0.02)で運用できるとして、必要貯蓄率sがどうなるか計算してみよう。会社員の条件を再掲すると以下の通りだ。

「可処分所得が500万円の35歳の会社員がいるとしよう。この収入が65歳まで続くとして、彼(彼女)が95歳までの老後を現役世代時の生活費の60%で過ごしたいと考えた場合、年金額を150万円と想定し、現在600万円の資産を持っているとする。」

計算結果は11.7%(s=0.1165…)となった。

ちなみに、老後の生活費を現役時代の0.7倍(x=0.7)とすると、必要貯蓄率は16.0%となった。

実質運用利回りゼロの前提の必要貯蓄率はそれぞれ16.3%と21.2%であったから、「可処分所得の約16%の貯蓄した場合、運用利回りが実質ゼロなら現役時代の6割で暮らさなければならないところが、実質運用利回りが+2%あれば現役時代の7割で暮らせる」と大まかには言える訳だ。

一応、運用を専門とし、証券会社に勤める筆者としては、「だから資産運用を頑張りましょう!」と言うべきなのかも知れないのだが、運用のリスクを考えると、「老後に現役時の7掛けで暮らしたいなら、ひとまず21%貯蓄しましょう」という選択肢もありだと感じる。

近時話題になることが多いGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の基本ポートフォリオは「国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%、国内債券35%」というなかなかにハイリスクなポートフォリオだが、厚労大臣から与えられた運用目標は「名目賃金上昇率+1.7%」なのである。「インフレに2%勝つ利回り」というのは、なかなかに野心的な運用目標なのだと申し上げて置く(「止めておけ」とは言っていませんよ。念のため!)。

考えてみるに、リスクプレミアムだけで2%を目指すとすれば、内外の株式のリスクプレミアムが5%あるのだとしても、株式の組み入れ率が40%は必要になる計算だ。