「自社株買い」その後の落とし穴①~自己株式の「処分」で株価が下落?はこちら

1株当たり当期純利益が増加するのは自己株式保有の間だけ 

今回は前回の続きとして、自己株式処分の法的な意味合いや、自己株式処分による株価下落リスクへの対処法などをみていくことにしましょう。

なぜ自己株式を処分すると、1株当たり当期純利益が減少してしまうのでしょうか。それは、自己株式を取得した時点で、1株当たり当期純利益やROEの計算上、その自己株式は「存在しない」という扱いを受けているからです。

ところが、自己株式の処分により自社以外に株式が渡ることになると、存在しないはずだった自己株式が株式として「復活」するのです。

1株当たり当期純利益が改善されるのは、あくまでも自社が自己株式を所有している間だけです。

所有している自己株式を処分することにより、その株の所有者(=株主)が自社から自社以外へ変わります。その瞬間、1株当たり当期純利益を計算する際の発行済株式数に、処分した自己株式が加算されてしまうのです。

このようにして、自己株式の取得によって増加したはずの1株当たり当期純利益は、自己株式の処分によってもとに戻ってしまいます。

一方、取得した自己株式を消却した場合は、1株当たり当期純利益やROEへの影響はありません。そして、1株当たり当期純利益などの指標の改善効果を「確定」させる効果があるのです。

「自己株式の処分」は「増資」と同じ?

実は、法律上は「自己株式の処分」≒「増資」なのです。これは、会社法に書かれている増資と自己株式の処分についての条文を読んでみれば明らかです。会社法では、自己株式の処分について、増資と同じ手続きを要求しています。

したがって、自己株式の処分による株価への影響は、増資による株価への影響と同じ、と考えておけば間違いありません。それは、「株式価値の希薄化」です。

ですから、これまでに自己株式の処分を発表した会社の株価は、増資を発表した会社と同様、短期的には下落する傾向がみられます。前回のコラムで例示した日新製鋼もそうした株価の動きでした。

ただ、増資は単純に発行済み株式数が増加する一方、自己株式の処分は、1株当たり当期純利益計算上、自己株式の取得により減少した発行済株式数が元に戻るだけです。そのため、自己株式を取得する前と自己株式処分後とを比べた場合は、発行済み株式数は変化ないことになります。

自己株式の処分・消却の実態は?

ではここで、上場企業が行う自己株式の処分や消却の実態を見てみることしましょう。

現在は公表を取りやめてしまいましたが、東京証券取引所では、「自己株式の取得及び処理状況」というタイトルで、自己株式取得状況や自己株式処理状況の実績データを提供していました。

これをみると、平成23年の自己株式取得額は1兆6,558億円にのぼっています。対して

自己株式処理額は1兆7,806億円に達しています。

そして、自己株式処理状況は、さらに「(1)引き受ける者の募集による処理」「(2)合併、株式交換、会社分割に伴う移転」「(3)消却処分」の3つに分類されます。この3つの額は順に792億円、3,412億円、1兆3,601億円でした。

(3)の消却された額が最も大きいものの、(1)(2)を合わせると数千億円規模の金額があります。なお、「合併、株式交換、会社分割に伴う移転」は、M&Aや企業再編等により新株を発行する必要がある場合、新株に代えて自己株式を交付するケースを指します。自社以外に自己株式が渡ることに変わりはありませんから、(1)も(2)も、「自己株式の処分」とひとくくりでまとめてしまって問題ないでしょう。

自社株を大量に保有している会社は要注意

自己株式の処分によって株価が下落してしまう可能性の高い企業はどのように見つければよいでしょうか。

注意が必要なケースは「自己株式の保有割合が高い」「増資等による資金調達ニーズが高い」の2つです。

自己株式の保有割合が高ければ、その大部分を処分したような場合には一気に株式の希薄化が生じます。

例えば、発行済み株式総数に占める自己株式の割合が20%であれば、この自己株式を全て処分した場合、1株当たり純利益計算上の発行済株式数は25%増加することになってしまいます。1株当たり当期純利益が大きく減少するため、株価へのマイナスの影響は避けられないでしょう。

発行済み株式総数に対してどれくらいの自己株式を保有しているかは、会社四季報の大株主欄を見れば分かります。

また、「増資等による資金調達ニーズが高い」とは、各企業のキャッシュ・フローの状況、積極的な投資ニーズの有無などで判断する必要があります。正確に把握することは難しいのですが、一般的には大規模な投資をあまり必要としないサービス業よりは、多額の設備投資を必要とする製造業の方が資金調達ニーズは高いと思われます。

さらには、過去に取得した自己株式を消却した実績があるかどうかも重要です。もし、過去に自己株式を消却したことがないのに自己株式は膨れ上がっている、という状態にあれば、将来その自己株式が処分される可能性は高くなります。

なお、もともと保有している自己株式がそれほど多くなければ、仮にその自己株式の処分がなされたとしても、株式の希薄化の影響はそれほど多くないため、心配する必要はありません。ただし自己株式処分と抱き合わせで増資を実施するケースも散見される点は注意が必要です。

需給関係の悪化の有無は処分する自己株式の引受先で判断する

自己株式の取得によってもたらされる効果として、1株当たり当期純利益やROEの改善などの他、市場に出回る株式数の減少による「需給関係の改善」があります。そのため、自己株式を処分した場合はこの逆の「需給関係悪化」というマイナス効果が生じます。

これについては自己株式をどのように処分するかにより、影響が異なります。

もし、資本提携先など、今後安定株主として自社の株式を継続的に保有してくれるような先に第三者割当を行うのであれば、需給関係の悪化を心配する必要はそれほどありません。

しかし、公募形式による自己株式の処分の場合は、広く様々な投資家に対して自社の株式が行き渡ることになりますから、需給関係の悪化に伴う株価の下押し圧力には十分に注意する必要があるといえます。

ちなみに、自己株式を消却した場合は、それが市場に出回ることは永遠になくなりますので、需給関係を悪化させることはありません。むしろ将来の需給関係悪化懸念を払しょくさせる材料として、株価にプラスに働く可能性があります。

これからは、自社株買いの実施を好感するだけではなく、その後の自己株式の行方についてもぜひ関心を持つようにしてください。