バフェット氏と分散投資

 バフェット氏には、銘柄を絞った集中投資のイメージがあるだろう。投資する銘柄を絞って、その選択がうまくいったからこそ、過去に市場平均を上回るパフォーマンスを叩き出すことができて今日の名声がある。マンガー氏にも「分散投資をありがたがるとは、気が違っているとしか思えない」(前掲書、p40)という言葉がある。

 では、今回の日本の総合商社に対する投資はどうだろうか。同じカテゴリーの会社であるにもかかわらず投資先を絞らずに、伊藤忠商事にも、三菱商事にも、丸紅にも投資するというのは「気が違った」のだろうか?

 おそらくは、「気が違った」というよりは「冷静になった」のだろう。

 日本の5大商社のビジネスの優劣と企業価値に対する株価の高低を判断することはバフェット氏にとっても簡単ではなかったのだろう。加えて、投資銘柄を絞った場合に投資を積み増していることが情報として早く伝わることを嫌った可能性もある。

 今回投資した5社のそれぞれが、バフェットとマンガーの眼鏡にかなうような「グレートな会社」であるかどうかには疑問が残る。総合商社は独特の業態だが、多くのビジネスが競争にさらされていてマージン(利益率)が厚いビジネス構造ではない。

 ただし、複数の商社に分散投資することによって、今後発生する商社間の優劣の凸凹をある程度吸収することはできる。意図的に分散投資を使っているのだとすると、バフェット氏の投資手法に進化が感じられる。

 今回の投資行動自体は「対象間の優劣が分からない場合は複数の対象に分散投資するといい」という投資理論的合理性にかなっている。

 しかし、プロのファンドマネージャーにも「自分は銘柄間の優劣が分からないので分散投資しておこう」という割り切りは、正しくてもなかなかできない。行動経済学的には、「オーバーコンフィデンス(自己過信)」があるからだ。心理学の研究によると、ファンドマネージャーのような人種(=専門家、性別では男性)は、特にオーバーコンフィデンスの影響が強いとされている。

 また、米国人のバフェット氏から見て、日本の株式への投資は「国際分散投資」でもある。おそらく「自分に理解できないビジネスに投資しない」という信条からだと推測されるが、これまで、バフェット氏は国際分散投資に積極的ではなかった。しかし、今回は国際的な分散投資に踏み込んだ。この点でもバフェット氏は投資家として進歩したのかも知れない。

 なお、バフェット氏は個人としての資産の9割をS&P500に連動する手数料が低廉なインデックス・ファンド(ヴァンガード社のETFらしい)で妻に遺すと言っている。国際的な分散投資ではないが、今や集中投資ではなく分散投資がいいと考えているようだ。

 世界的な投資家であるウォーレン・バフェット氏だが、(1)割安株の投資から始めて(2)長期保有の有利性に目覚め、さらに(3)分散投資の有効性を活かそうとする、「進化」は素晴らしい。

 マンガー氏の前掲書には「バフェットは地上で最高の学習マシンだ。…彼の投資技術は65歳になってから格段に向上した」という言葉がある。バフェット氏は90歳になったが、さらに進化した。

 なお、日本の投資家には、90歳にしてなお旺盛な投資を続けているバフェット氏の姿勢を一番学んでほしい。ちなみに、ビジネス・パートナーのチャーリー・マンガー氏はバフェット氏よりも7歳上だ。

 晩年になると株式の保有比率を減らして預金や債券を多く持つべきだという「通念」はしばしば不適切だ。ある程度以上の資産家の場合、晩年になると、今後必要な金額の見通しが付きやすくなり、むしろ安心してリスク資産に投資できるようになる場合が少なくないはずだ。

 最晩年の数年であっても、投資には十分な長さだ。十数年ともなると、その間投資を行わないことは、まことにもったいない。日本の高齢者には、自分自身のためにも、相続人のためにも、バフェット氏になったつもりで投資を続けてほしい。

 ただし、バフェット氏自身は、これから普通の人が自分のようにうまく投資ができるようになることに対して懐疑的な発言をしており、インデックス・ファンドへの投資を勧めていることを付言しておく。