成功報酬と自己運用

 自己資金を投入するか否かで、発言の価値を測ろうとすることを「幼稚」だと申し上げたが、前述のように、機関投資家の世界では、ヘッジファンドのような運用商品で、運用者が自己資産を投入しているかどうかを気に掛ける「素朴」な人が案外多い。

 ただ、ファンドマネージャー個人の資産状況を正確に調べて、発言の裏取りを行うことは簡単ではない。ファンドのマーケティングに当たっては、「言った者勝ち」的な状況が生じやすいだろう。

 また、成功報酬との組み合わせでは、別の場所でファンドと逆のポジションを作ることで成功報酬のオプション価値を確定させることができる。

 仮に、1,000億円の運用資産を持つファンドマネージャーがいて、成功報酬が値上がり益の20%だとしよう。このファンドマネージャーが、運を天に任せて日経平均先物を実質的に運用資産の5倍のレバレッジを掛けて買い建てする運用を行うとしよう。

 成功報酬とは、ファンドの資産価値を原資産とするコール・オプションと同じだ。ここで、日経平均のボラティリティを20%、金利とキャリーコストはゼロと仮定すると、コール・オプションの価値は資産額の7.97%だ。ボラティリティを20%の5倍の100%として計算すると資産額の38.97%の20%、即ち資産額の7.79%がこのファンドマネージャーの保有する成功報酬のオプション価値になる(「CPSolve」というiPhone用のアプリで計算した)。ファンドの資産額は1,000億円だから、約77億円のオプション価値である。オペレーションとしては、ファンドとは別の場所で売り建てのポジションを持ってデルタヘッジを使うことで、この価値を実現することもできる理屈だ。そこまで面倒な事はしないかもしれないが、こうしたポジション操作が容易にできることも事実だ。

 例えば、10億円、20億円といった単位で自己資金をファンドに入れたとしても、成功報酬手数料の価値の方が遙(はる)かに高い。ヘッジファンドの場合、ファンドマネージャーは、あらかじめ成功報酬で契約してコール・オプションを手に入れてから、レバレッジを掛けてボラティリティを拡大して、成功報酬の経済的価値を自分の手で高めることができる。

「彼は、自らの資金をファンドに多額に投入しているから、自信を持っているのだろうし、必死で運用するだろう(≒だからうまくいくに違いない)」と信じるのはあまりに素朴だと筆者は考えている。

同じ素朴な推測をするなら、「確実に儲けられるなら、合理的な人は、他人のカネなど運用しないはずだ」という経済常識に賭ける方が賢いように思われる。

【補足】
 ファンドマネージャーは、他人のお金を運用することにベストを尽くすべきであり、自分の手ガネでは投資しないほうが良いという点についての考え方は今も変わらない。詳しくは本文に書いたが、余計な影響や不正の可能性があるからだ。

 自分のお金については、バンガード社の世界株式に投資するETF(VT)を1,000株だけ買った。インデックス投資家への「共感の印」くらいの意味合いで少しだけ持つことにした。トランプ当選の3日前に59ドル台の価格で買って、以後そのままだ。あとのお金は大半が銀行預金だ。インデックスファンドを買い増ししても良いかなあと思っているが、その時にはまたご報告する。(2020年6月29日 山崎元)