8割を占めるアジア人観光客の「観光の質」が一変する

 日本の埋没日本の衰亡に移行させないためにも、物流面でも「人流」面でもアジアダイナミズムの吸収が重要です。「人流」とは、例えばインバウンドのこと。日本は経済成長の推進には観光立国の実現が不可欠であるとして、地方も含めた受け入れ態勢の整備を進めています。

 この成果として、2012年まで1,000万人に満たなかった訪日外国人数は、2018年に3,000万人を超えて3,100万人に増えました。その8割がアジアの国々からの観光客ですが、彼らの観光の質が変わり始めています。

 産業・経済活動の総和がGDPならば、1人当たりGDPは、国民の豊かさを表します。今でも日本はアジアの先頭を走る豊かな国という人がいますが、そうではありません。日本の2018年の1人当たりGDPは3万9,000ドル、シンガポールは6万5,000ドル。日本よりも2万6,000ドルも多い。中国政府ともめている香港は2014年に日本を追い抜き、今では4万8,000ドル。さまざまな問題を抱えている韓国が3万3,000ドルで日本に迫っています。

 中国は2018年、1万ドルになりました。日本の1980年代の水準と考えれば理解しやすいでしょう。タイは7,000ドルですが、バンコクエリアに限れば1万5,000ドルを超えているそうです。

 この1万5,000ドルには大きな意味があります。まず、5,000ドルを超えると、国民の関心が海外旅行に向き始めます。日本もそうでした。5,000ドルを超えた1970年代、パック旅行で海外を観光する人が増え出しました。1万5,000ドルを超えると観光の質が変わり、団体で移動するツアー旅行ではなく、自由に観光地を巡る個人旅行を志向するようになります。

 周囲を見渡すと、中国人観光客が目に付きますが、表面観察では中国本土から来ているのか、香港や台湾の観光客なのか、シンガポールの華人・華僑なのかは分かりません。しかし、すでに団体旅行と個人旅行が入り交じったまだら模様になっているのです。

アジアダイナミズムの吸収が日本の成長のカギだ

 近い将来、中国が1万5,000ドルを超えると、中国人の爆買いに期待するという発想は通用しなくなり、日本の観光戦略を大きく変えなければなりません。2030年6,000万人を目標にするというのであれば、なおさらです。

 つまり観光に限らず、「アジアダイナミズムを賢く吸収して日本の飛躍につなげていく」という発想が必要になるのです。このことは、企業戦略においても、個人の投資戦略や生き方においても、非常に重要です。

 しかし、アジアダイナミズムを引きつけるだけの魅力が日本になければ、アジアの成長と正面から向き合うことができません。日本は成熟したアジアのリーダーとして、どのような光を放つことができるのかが、問われているのです。

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寺島実郎(てらしま・じつろう)

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。
1947年北海道生まれ。1973年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産株式会社入社。米ブルッキングス研究所出向を経て、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産業務部総合情報室長、三井物産戦略研究所所長、会長などを歴任。
1994年石橋湛山賞受賞。2010年4月早稲田大学名誉博士学位授与。近著に『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、河出書房新社)、『ジェロントロジー宣言「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(NHK出版新書)がある。