中国の豚肉価格から考える米中摩擦

 米国に限らず、世界は低インフレ環境で金融緩和の恩恵を長く享受しています。一方、長引く金融緩和は企業や家計の債務を増大させ、いずれその巻き戻しが経済を収縮させるリスクも高めます。また、低インフレが、そのまま経済の低体温症としてこじれる「日本化現象」を恐れる国や地域も増えつつあります。インフレを尺度に、国、地域ごとに異なる側面を読み取ることもできるのです。

 中国では、国内景気の悪化に沿って、コアCPI上昇率が低下しています(図3)。万一、中国でインフレ率が上昇すれば、金融緩和による景気刺激がままならなくなり、共産党の支配体制にとって由々しき事態となるでしょう。その点で、中国の順当なインフレ低下は、2020年の世界経済にとっても極めて重要です。

図3:中国のCPIと豚肉価格

出所:Bloomberg Finance L.P.

 その一方、中国では豚肉価格が急上昇し、食品を含むCPI全体を押し上げています。アフリカ豚コレラの蔓延(まんえん)と、需給調整の不首尾が背景にあると推察されます。

 しかし近年の豚肉価格急騰の事例と比べて、今回のCPI上昇率は控えめです。需要全体の弱さに加え、年々豊かになる中国で、消費支出に占める豚肉の比率低下もあるでしょう。

 あえて豚肉価格を取り上げる理由は、途上国においては食品価格の上昇が社会不安、ひいては政変の引き金になった歴史があるからです。エジプトなど北アフリカの「ジャスミン革命」も、食品価格上昇への国民の不満から始まったとする指摘があります。中国では10年ほど前には、豚肉価格が上がると肉を食べられなくなる国民が少なくなく、それが社会不安につながらないよう、政府は対策に腐心したものです。

 米欧など西側先進国は、中国が経済発展するにつれ、国民の価値観も多様化し、画一的な共産党一党による支配体制が変容を迫られ、民主化が進むと期待しました。その過程では、暴動などで社会情勢の不安定化も想定されました。豚肉価格の上昇が社会変革のきっかけになるかも、そんな注目もされたのです。

 ところが、中国はそうした社会不安を抑えながら、近年では、西側諸国とは異なる体制を押し通しそうな情勢です。実はIT(情報技術)、AI(人工知能)が共産党一党支配体制と非常に親和性が高いことが明らかになってきました。国民総監視社会の運営コストが劇的に下がったのです。豚肉価格の高騰が社会不安になる芽も早々に摘み取れるシステムの構築が進んでいます。

 世界には中国の独裁的システムになびく新興国も少なくないと推察されます。このことは、遠くない将来、世界が米国などの西側システムと中国型システムに二分されていく可能性をうかがわせます。米国は経済、技術、軍事面で優位性があるうちに、覇権を守るため、中国叩きを止めることはないでしょう。米大統領選挙に向けた貿易問題での米中合意の演出は2020年限りの戦術であり、2021年には覇権争いが再燃すると予想されます。