雇用とインフレと徴税の調整・・・壮大な社会実験

 マクロ経済学で景気を安定させるといった場合、失業率を重視します。世界恐慌を受けてケインズ経済学が誕生したという歴史的経緯と、影響力の強いFRB(米連邦準備制度理事会)が「物価の安定」だけではなく「雇用の最大化」も求められているという背景があります。

 雇用を最大化すると言った場合、失業率をゼロにするのではなく、NAIRU(Non-Acceelerating Inflation Rate of Unemployment)という「インフレを加速させない適度な失業率」を想定します。ですが、MMTがNAIRUを目指すのか、それを多少超えても問題ないと考えているのか不明です。

 そもそも、学派によっては、長期的に見れば、インフレ率とは関係なく失業率が決まるという説もありますし(人口動態などを考えると、日本では該当していそうです)、NAIRUの失業率が何%なのか、確定的な数値は分かりません。

 だからこそ、明らかな不況の場合は積極的に財政支出を拡大しますが、それ以外の場合は、様子を見ながら少しずつ金融政策で調整するという経済運営が主流です。

 ケインズの有効需要の原理は、大恐慌を背景に誕生した理論なので、深刻な不況には有効ですが、通常の景気循環や景気の微調整(ファインチューニング)に財政政策がどれだけ有効かは、意見が分かれるところです。財政政策は、認知ラグ・決定ラグ・執行ラグが大きいため、機動的な運営には限界があると考えた方が良さそうです。

 積極財政でNAIRUよりも失業率が下がれば、インフレは加速しますし、予算は執行のタイミングがずれるので、財政政策を急転回しても慣性があるでしょう。また、経済には新陳代謝があり、生産性の低い会社から高い会社に労働者が移動する際は、どうしても摩擦的失業が生じます。それを無理に減らそうとすると、不採算企業が温存されて、経済全体の成長率が損なわれる可能性があります。

 放漫財政の挙句、経済成長率が金利よりも低ければ、利払い費用で財政赤字はどんどん増加しますし、その際、いつまでも金融機関が国債を購入してくれるという保証はありません。中央銀行が国債を直接引き受ければ大丈夫という反論もありえますが、そこまで行ってしまうと、自国通貨ではなく、外国通貨での決済が好まれるようになり、急激な自国通貨安と輸入物価の上昇、インフレが進むでしょう。

 国は徴税権を持っていますが、政治的な事情で特定の層の徴税が疎かになったり、あるいは、民主的な法の支配の下で、私有財産の保護が国家の強権発動を妨げたりと、好き勝手に税金を取れるわけではありません。古代から独裁的な国家でさえも、税収不足で財政破綻した例は枚挙にいとまがありません。

 MMTはケインズ経済学の系譜という触れ込みです。「政治家も官僚も公正無私で優秀」というハーヴェイロードの前提が成立して、経済成長率が金利を上回り、通貨の信認が崩れないといった特殊な条件を満たし、それが継続すれば機能するかもしれませんが、日本は、すでに異次元緩和の短期決戦に失敗していますし、これ以上の社会実験は無謀でしょう。

■消費税増税の延期はあるか?
前編:物価と経済成長と財政運営から考える
後編:財政問題と国債格付けと景気悪化を再検証