もしも、サウジ記者殺害事件の首謀者が皇太子だったら?

 サウジアラビア人記者殺害事件について、米主要メディアはサウジのムハンマド皇太子が首謀者だと断定。11月19日あるいは20日にも、事実上、米国としての最終報告に近いとみられる報告を、トランプ米大統領が受けると報道されています。

 トランプ大統領は11月19日時点で、「真実は分からないだろう」としましたが、「事件の首謀者がムハンマド皇太子かそうでないか」が報告の最大の焦点であり、その内容とトランプ大統領の発言に注目が集まっています。

 本レポートでは、サウジ皇太子が事件に関与していたと報告されたケースと逆のケースで、原油相場への影響を考えてみたいと思います。

 

「サウジ皇太子が事件首謀者」なら、立場を維持できない

 サウジは中東の大国、世界屈指の産油国、米国との同盟国など、実にさまざまな顔を持っています。そのため、サウジ情勢が急変した場合、その影響範囲も広がると想定されます。
図1は、サウジ皇太子の事件関与のありなしで、原油相場へ影響を含めた今後の展開を2通りで考えた図です。

図1:サウジ記者事件の今後と原油相場について想定されるシナリオ

出所:筆者作成(10月29日の筆者レポートより一部加筆)

 サウジ皇太子が関与していない場合、サウジの国際的な信用は失墜(しっつい)せず、サウジの国内情勢も安定したまま、サウジ周辺の環境悪化が避けられることが予想されます(図1、第1段階)。

 中東地域の産油国の秩序が保たれ、かつ目下協議が進行している来年2019年1月以降の減産終了後の産油国の新体制作りが進捗するとみられます(図1、第2段階)。

 中東産油国の秩序が保たれること、来年以降の体制が安定化することは、後の世界的な石油の需給バランスを引き締めること、産油国組織への信頼を向上させることに寄与します。この場合、データ(実態)面でも、心理的な面でも原油相場は買いが先行する可能性が出てきます(第3段階)。

 米国で19~20日にも、サウジ皇太子の関与・不関与を決定づけるとみられる報告がなされ、トランプ大統領からコメントが出るとみられます。

 仮に「サウジ皇太子が首謀者」の報告だったとしても、サウジがこれを認めるかどうかはまた別の話です。しかし、サウジが認めない場合でも疑念を払拭(ふっしょく)できなかったサウジへの信用低下、米国とサウジの強固な同盟関係がやや緩む可能性は否定できません。

 

対米関係悪化は、中東産油国における無秩序の増産が横行する要因に

 図1の第1段階部分の「中東地域の産油国の秩序」は、中東の大国であるサウジが米国と強い同盟関係にあることによって保たれていると言えます。しかし、事件にサウジ皇太子が関与していたとなれば、サウジと米国の同盟関係弱体化の懸念が生じます。

 この場合、米国という強力な後ろ盾を失ったサウジの中東諸国、特に中東産油国への「にらみ」「けん制力」が弱まる可能性が出てきます。このことは「中東産油国の無秩序な増産が横行する」などの要因になります。

 

まとめられないサウジはリーダー失格!2018年1月以降の新体制作りのマイナス要素

 また、図1の第1段階部分に書いた「減産終了後の体制」は、2018年12月に終了する減産体制の「次の体制」を決めるべく、現在、協議が行われ、12月6日(木)のOPEC(石油輸出国機構)総会で新体制が決定するとみられます。

 この新しい体制が現行同様、世界の石油需給バランスを安定化させることが期待できるものとなれば、世界の石油需給バランスが引き締まるだけでなく、市場の産油国組織への信頼が向上する可能性があります。

 しかし、新しい体制が決まらない場合は、世界の石油需給バランスが緩み、産油国組織への信頼が低下する可能性があります。リーダーシップを発揮できない「まとめられないサウジ」が露呈します。

 

米国が「サウジ皇太子の事件関与」で幕を引けば「原油高抑止」を達成

 来年2019年1月以降の体制を決めるべく、サウジやロシアなどが協議を進めているこのタイミングで、サウジ記者殺害事件の対する包括的な報告が19~20日になされ、トランプ大統領がコメントするとみられます。

 先々週の米中間選挙で民主党が下院で過半数を奪取したため、今後、民主党によるトランプ大統領に対するさまざまな疑惑への追及が始まることが予想されます。また、事件関連の情報を小出しにして、トルコが関連国を揺さぶっています。

 このような状況の中、仮にサウジ皇太子を事件の首謀者だとする報告がなされ、トランプ大統領がそれを否定しなければ、トランプ大統領は、サウジという疑惑を抱える国と距離を置いた、確定的な情報を出して情報戦でトルコの一歩前に出た、という状況を作ることができます。

 疑惑追及の軽減やトルコの揺動を回避するため、トランプ大統領には米国主導で事件の幕引きを図る動機があるとみられます。そして米国主導の幕引きの最も大きな動機とみられるのが、原油高の抑止です。

 先述のとおり、サウジ皇太子が殺害事件に関与していたとなれば、それはいずれ原油価格の下落要因になるとみられます。中東地域の産油国の秩序が乱れ、新体制作りが進捗しない可能性が生じるからです。

 実際に、中間選挙を機に終わるとみられたトランプ大統領の、OPECや原油高を批判する発言は現在も続いています。中間選挙後も原油高を批判するのは、原油高抑止が共和党支持者にとっても民主党支持者にとっても、メリットに映るためだとみられます。

 議会は「ねじれ」たものの、原油高抑止はみんなのメリットであり、トランプ大統領はそれを推進することで、「みんなのメリットを追求している」と見せることができます。

 繰り返しですが、仮に「サウジ皇太子が事件首謀者だった」という報告であったとしてもサウジがそれを認めるかどうかはまた別の話です。しかし、やはり、その場合でも、さまざまなマイナス要素が尾を引く可能性があります。

 12月6日のOPEC総会で来年1月以降の体制を決める協議が進む中、その協議、そして将来の原油価格の動向にも影響しかねないサウジ記者殺害事件の行方に、注目が集まります。

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