[特別対談]サウジ人記者殺害事件がリスク化!今後の世界経済と中東の真実・前編
高橋和夫氏(国際政治学者・放送大学名誉教授)×
吉田哲(楽天証券経済研究所コモディティアナリスト)
前編・サウジ人記者はなぜ殺されねばならなかったか?
国内情勢だけでなく、世界各地のリアルな動向に目を向けることが、投資には重要です。
例えば中東の動き。サウジアラビアなど産油国の動きによって原油価格が変動し、株価に大きな影響を与える場合があります。しかし、日本人にとって中東のイメージは「イスラム教」「OPEC」「紛争地」…とやや固定的です。
しかし、そんなイメージを一変させるような報道が2018年10月、飛び込んできました。
サウジ人記者のジャマル・カショギ氏が、トルコのサウジ総領事館内で殺害されたとする事件です。そして、この事件はいまや世界を大きく揺さぶっています。
そこで、楽天証券経済研究所コモディティアナリストの吉田哲と、放送大学名誉教授で中東研究のエキスパートである国際政治学者の高橋和夫氏が、サウジをはじめとした中東の真の姿について対談。
前編の今回は、記者殺害事件と、中東と世界の関係を理解する上で不可欠な「基礎」に迫ります。
中東はなぜ、「Middle Eastミドル・イースト」と呼ばれるのか
吉田哲(以下、吉田) マーケットに関心のある人にとって、中東は気になる存在です。中東で紛争が起こって原油価格が変動し、所有する銘柄の株価が動いたという経験を多くの人がしているからです。
ところが、中東についてのイメージは、ボンヤリしている。多くの人にとって中東は分かりにくい地域だと思います。
そこで、第一人者である高橋先生に中東を分かりやすく解説していただきたいと考えています。
高橋和夫氏(以下、高橋) そもそも中東がなぜ「Middle East(ミドル・イースト)」と呼ばれるのか、理解していない日本人は多いかもしれないですね。
吉田 「ミドル・イースト」を直訳すると「真ん中」の「東」ということですよね。欧州を「真ん中」に、その「東」にある地域です。具体的には、どのあたりでしょうか。
高橋 バルカン半島からペルシャ湾沿岸あたりまでを「中近東」と言いますが、欧州ではトルコなどバルカン半島一帯を「Near East(ニア・イースト)」、近東と呼びます。そのさらに東だから「ミドル・イースト」になるわけです。
吉田 そして、そのはるか東の日本や朝鮮半島のことは「Far East(ファー・イースト)」、極東と呼ぶわけですね。
高橋 ちなみに中東の人々は「ミドル・イースト」という呼び名が気に入っているようですよ。「真ん中」という響きがよいのだと思います。
吉田 どこからどこまでを「中東」とするか、いろいろな見方があるようですが、アラビア半島一帯からイランにかけてでも、20近い国があります。その中で私たちがまず動向を押さえておくべき国というと、やはりイラン、サウジになるのでしょうか。
高橋 そうですね、いろいろな意味で存在感のある2国と言ってよいと思います。ただ、イランとサウジはさまざまな点で異なります。サウジはアラビア半島や北アフリカの多くの国家同様、アラブ人を中心とする国であり、人々はアラビア語を話します。これに対してイランはペルシャ人の国であり、公用語はペルシャ語です。また、面積はほぼ一緒ですが、人口はサウジが約3,200万人、イランは約8,000万人と2倍以上、人口規模が違いますね。
吉田 なるほど。歴史的にはどうなのでしょう?
高橋 イランは紀元前の時代に、この地域を支配した巨大なペルシャ帝国の子孫の地ですから、イランの人たちは「オレたちがこの地の歴史を作り上げてきたぜ」という誇りを持っています。そして、サウジに対しては「ラクダを引いて暮らしている遊牧民じゃないか」と見下す傾向がありますね。
吉田 サウジの人はサウジの人で何かにつけ、イラン人を揶揄(やゆ)しているのでしょうが、いずれにしても互いに対抗意識的なものがあるわけですね。
高橋 それが露骨に出るのが宗教の絡んだときです。イランもサウジもイスラム教国家です。同じ宗教なのになぜ対立するのか、不思議に感じる日本人にはなかなか理解できないところでしょう。しかし実は、宗派が異なるんです。サウジにはイスラム教の中の多数派であるスンニ派の信者が圧倒的に多い。一方、イランはと言うと少数派であるシーア派の信者が大半です。宗教が異なるわけですから、当然、対立することも多いわけです。
国家の体を成していない国が多い中東
吉田 中東におけるパワーバランスを探るにはやはり宗教について考察する必要がありそうですが、その話題は次回(中編)に回すとして、それ以外の国はどう見るべきですか。
高橋 実は中近東の中できちんと国家として機能しているのは、イランとトルコ、エジプト、イスラエルくらいで、他は国の体を成しているとは言い難い。
吉田 サウジは国の体を成していると言えないのでしょうか?
高橋 サウジは石油「大国」ではありますが、国家体制という点で見るとバーレーンやカタール、オマーンなど周辺の国々と似たり寄ったりです。いま、国の第一副首相や国防大臣を兼務するムハンマド皇太子が中心となり、さまざまな改革を進めていますが、まだまだ大きく変わったとは言い難いのが実情です。
吉田 具体的にどういうことですか。
高橋 一番分かりやすい例を挙げると、国民がまともに働いていないんです。石油輸出で稼げるから、国民から税金を徴収する必要がないからです。学校の授業料も医療費もほとんど国が面倒を見ています。
吉田 でも、道路を造るにもビルを建てるにも労働力が必要ですよね。
高橋 その役目を負っているのは自国サウジの国民でなく、バングラディッシュなど周辺諸国からやってくる外国人労働者なんですよ。とりわけ肉体労働は外国人に頼っています。
吉田 なるほど、確かに私たちの感覚からすると、「真っ当」な国とは言い難いですね。
高橋 文字通り、「砂上の楼閣」と言ってもいいかもしれません。サウジの国自体が蜃気楼(しんきろう)の上に浮かんでいるようなものです。
吉田 でも、働かなくていいなんて、なんだか複雑な気持ちになります。
高橋 サウジにせよ周辺諸国にせよ、大きな町はどこもきれいで整備されています。それに大概の物は手に入るので不自由は感じないし、治安も悪くありません。そういう快適な環境で、働かずにのんびり暮らせるわけです。
吉田 そういえば2017年に、サウジの王族が来日しましたね。そのときの様子を見て、サウジはリッチだという印象を抱いている人も多いと思います。大きな町は暮らしやすいようですが、地方ではまた違うんでしょうか。
高橋 私も地方に行く機会は滅多になく、情報も入らないので、地方にもきちんとお金が回っているかどうかはなんとも言えません。まんべんなくお金が回っていて国中の人が裕福に暮らしているかもしれないし、お金が回らず貧困を強いられている人がいるかもしれない。前者であることを祈りたいですが。
吉田 ちなみにお酒を飲めないんですよね。
高橋 サウジでは、飲めません。アラブ首長国連邦やバーレーンなどでは、そうではありません。自由に飲める国もあれば、外国人だけが飲める国もある。さらには、全然飲めない国と、実情はさまざまですね。
吉田 ひとくくりに中東と言ってもさまざまな表情を持っていますね。