中東が風邪を引くと、世界中が風邪を引く
吉田 先生は著書の中で「中東は原油や天然ガスなどのエネルギーの多くを世界に供給している。世界を人体に、エネルギーを『血液』に例えれば、中東は人体に血液を送り出す『心臓』にあたる」としています。だから、中東が火種を抱えると、世界中に多大な影響を与えると。
高橋 心臓が働いて、全身に血液を送り込んでいるから人間は生きていられるわけですよね。世界の国々も、中東から原油や天然ガスなどエネルギー供給を受けているから存続できているということです。
吉田 逆に言えば、心臓の機能が低下して血液が回らなくなったら生命の危機を迎えるように、中東がエネルギー供給できなくなったら、世界は存続の危機を迎えかねません。中東が風邪を引くと世界中が風邪を引くと。
高橋 存続の危機と言うと少し大げさかもしれませんが、大きな混乱とダメージを受けるのは間違いないでしょう。事実、中東で起きた出来事をきっかけに、世界中が混乱をきたし、社会や人々が不安の渦に飲み込まれたことは幾度となくあります。
吉田 真っ先に思い浮かぶのはオイルショックですね。1973年に第4次中東戦争が起こり、アラブ産油国が石油の大幅な値上げを行った結果、欧米や日本などの先進国が深刻な事態に見舞われました。さらにその数年後の1979年、イラン革命のときにも原油価格が急騰し、世界中を震撼(しんかん)させました。
高橋 他にも1980年から8年間続いたイラン・イラク戦争や1990年の湾岸戦争のときも世界中に深刻な影響を与えました。
吉田 そして今、サウジ人記者殺害事件は、世界への影響が日に日に大きくなっています。なぜ彼は殺されなければならなかったのでしょうか。
高橋 ジャマル・カショギ記者は、かつて体制中枢にいたジャーナリストで、カショギ家はサウジの建国時から華麗な一族なのです。カショギ記者の祖父は医者で、初代国王のアブドゥルアズィーズの侍医でした。
それがムハンマド皇太子とそりが合わず、身の危険を感じた彼は、昨年から米国に亡命し、ワシントン・ポスト紙にサウジを批判するようなコラムを寄稿していました。
ただ、王政批判者はカショギ氏だけではない。なぜ彼だけが殺されなければならなかったのかと言えば、得意の英語を駆使し、米国の著名紙上で理にかなった批判をしていたことが、王室にとって脅威だとみなれさたのかもしれません。
吉田 なるほど。トランプ大統領は当初、サウジをかばうような傾向も見られましたが。
高橋 実はカショギ記者の叔父アドナン・カショギ氏は、イスラエルやイランなどと取引していた武器商人で莫大な富を誇ることで有名でした。アドナン氏の台所事情が苦しくなったとき、米国の不動産王だったトランプ氏が、彼所有の豪華なヨットを買ってあげたということもあり、サウジとの結びつきが非常に強いのです。
吉田 サウジへの影響はどうなると見ていますか。
高橋 サウジへの経済支援や投資に影響も出てくるでしょう。謀殺行為をするようなサウジとはビジネスはしたくないと撤退する企業は多くなると思います。
吉田 わかりました。この事件の経緯を注意深く見守る必要があるわけですね。では次回は宗教や文化を中心にお伺いします。
高橋和夫(たかはし・かずお)
日本における中東研究の第一人者で国際政治学者。大阪外国語大学ペルシア語科卒、コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員、放送大学教授を経て、現在は放送大学名誉教授、先端技術安全保障研究所(GIEST)会長 。著書は『中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 』(NIHK出版)ほか多数。
【高橋和夫氏が登壇するシンポジウムのお知らせ】
「北朝鮮と中東」日時:2018年12月14日午後3:00~5:00、会場:FinGATE KAYABA(東京都中央区)。詳しくはこちら。
吉田哲(よしだ・さとる)
楽天証券経済研究所コモディティアナリスト。
1977年生まれ。大学卒業後、2000年からコモディティ業界に入る。2007年からコモディティアナリストとして商品の個別銘柄や分析や情報配信を担当し、2014年より現職。ビギナーにも上級者にも役立つ解説がモットー。
主な連載に「週刊コモディティマーケット」「商品先物取引入門講座」がある。
[特別対談]サウジ人記者殺害事件がリスク化!今後の世界経済と中東の真実 前編・サウジ人記者はなぜ殺されねばならなかったか? |