ギリシャ問題が峠を越してから、ここ数週間は中国株の下落、そしてそれに伴う中国経済の先行き懸念が金融市場を賑わす大きな要因となっています。特にNY株式市場が中国株の影響を受けるなど、これまではほとんど無かったことです。それではアメリカは、本当に中国の影響を受けるべきものなのでしょうか?

そもそも去年の7月から上海総合指数が2.5倍に上昇する過程でさえ、その事実はアメリカのニュース等でも殆ど報じられることはありませんでしたし、当然のことながらそれが米国株の上昇要因となることはありませんでした。しかし上海総合指数が下落を始めた途端に一斉にメディアで報じられるようになり、恐らくメディアで報じられたのが理由で、米国株式相場にも影響するようになったといっても過言ではないでしょう。ニュースだけを見ていると、この1年間、上海総合指数の上昇が異常であったことの説明が抜けているので、最近の急落は適正値に戻る正常な過程にもかかわらず、あたかも大変なことが起こっているような錯覚を起こします。「2014年3月14日 何故メディアの情報を鵜呑みにしてはならないか」で記した通り、最近のメディアは悲観的な情報を優先的に取り上げる傾向が強いですから、無理もないことだと思います。

このように、中国株の下落から受ける本質的な影響は無いにしても、それに対する中国政府の対応を見ていると、確かに心配になってしまいます。中国はこの1年間で4回にわたる利下げを実施し、大手投資家は株式の売却を制限され、政府系機関は株式を購入するよう勧告を受け、株価が急落している会社は取引停止を認められ、人民元は切り下げを開始、等々、正にアメリカの金融危機時顔負けのパニック対応を次々と講じています。しかし果たして、上海総合指数バブルが適正値に戻る正常な過程で、ここまでの措置を講じる必要はあるのでしょうか?

中国がここ25年近く、7%以上の成長を続けてきた大きな原動力は設備投資でした。金融危機前くらいまでは設備投資がGDPに占める比率はせいぜい40%強かそれ以下で、それでもかなり高い比率ですが、中国がまだまだ発展途上にあったことを考えれば理解の範囲内だったと思います。しかしその後、世界第二位の経済大国にのし上がり、かつ設備投資の比率が50%近くに跳ね上がった状態が続いているというのは、どう見ても維持可能とは考えられません。個人消費がその大きな穴を埋められるような画期的なイベントでもない限り、早晩(低成長までいかなくても)中成長へのシフトは不可避であるはずです。しかし中国政府は、中成長へのシフトや個人消費活性化に向けた政策を講じる代わりに、小手先の株価対策に腐心してしまっています。まるで株価が下がっているのは、我々の政策が間違っているのではない、株式市場が間違っているのだ、とでも言うかのように。

実際のところ、中国経済が急速に減速したとしても、アメリカ経済にそれほど影響があるとは思えません。というのは中国はアメリカに次ぐ世界第二位の経済力を持つ国になったとはいえ、アメリカ経済は中国の需要にほとんど頼っていないからです。2014年時点で、アメリカの全輸出に占める対中輸出の割合は7%に過ぎず、これはGDP(国内総生産)のわずか1%です。要するに仮に今回、中国経済が壊滅的な状態に陥ったとしても、アメリカのGDPは1%低下するだけなのです。逆に、アメリカの全輸入に占める中国の割合は、直近の統計では22%に上っています。中国経済の減速によってモノの値段が下落すれば、それはアメリカがモノを安く買えることになるため、総合的に見れば、アメリカ経済にとってメリットが生じることさえ考えられます。

さらにアメリカの代表的株価指数であるS&P500採用企業の売上のうち、アジア地域全体を合わせても8%弱に過ぎません。対中ビジネスはまだまだ利益マージンが薄いことも考え合わせれば、利益は恐らく、GDPと同じく1%程度と見て差し支えないでしょう。もちろんアメリカの上場企業の中には中国からの売上が50%近い会社もあり、最近そのような会社の株価がメディアに狙い撃ちされている感がありますが、全体で見れば、実際にはそのような会社はごく一部なのです。

それでは何故ここ数週間、中国株・経済の動向が金融市場を賑わしているのか。それは恐らく、アメリカ経済や企業のファンダメンタルズに変わりがない一方で、メディアの悲観報道や中国政府のパニック的な対応によって投資家の感情が動かされてしまっているから、要するに変わったのはアメリカ経済でも企業でもなく、投資家の方だと考えるのが自然だと思います。