執筆:窪田真之

今日のポイント

  • 米FBIがクリントン氏の私用メール疑惑の捜査を再開すると発表したことを受けて、クリントン氏の支持率が急低下、大統領選の行方がわからなくなってきた。私用メールから、国務長官時に不正献金を受けたことを示す内容が出ると、クリントン氏は窮地に陥る。
  • トランプ氏が当選すれば世界の株はショック安、クリントン氏当選ならば落ち着きを取り戻すと予想。クリントン氏当選が見込める場合には、割安で好業績の日本株を投資していく価値があると考える。

【重要な追記】
本レポートを執筆したのちに、以下の重要事実がロイターから報道されています。
「米連邦捜査局(FBI)のコミー長官は6日、大統領選の民主党候補ヒラリー・クリントン前国務長官の私用メール問題について、訴追を求めないとした当初の判断を維持すると議会に伝えた。」
この内容は、米大統領選で、クリントン氏に追い風となる内容です。

(1)何が起こるかわからなくなってきた米大統領選

11月8日に実施される米大統領選の行方に不透明感が漂っています。一時は、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が支持率で大きくリードし、当選が確実視され、楽観ムードが漂っていました。

反資本主義・反グローバル主義の過激発言を繰り返していた共和党候補のドナルド・トランプ氏が大統領になれば、世界的に株が暴落すると警戒されていましたが、トランプ氏は、過去の女性蔑視発言が暴露され、9月末~10月19日に実施された3回のテレビ討論会すべてで視聴者から不評を買いました。その結果、共和党内の有力議員から不支持の声が高まり、世論調査の支持率も急低下していました。資本主義を尊重するクリントン氏の優勢が強まるにつれて、世界の株式市場に安心感が広がっていました。

情勢が変わったのは、米FBIのコミー長官が10月末に、クリントン氏の私用メール問題の捜査を再開すると発表したところからです。この発表を受けて、クリントン氏の支持率が急低下し、トランプ氏の支持率が急反発しました。多くの世論調査で、クリントン氏の方がまだ優位ですが、支持率の急接近により、選挙の行方がわからなくなってきました。

クリントン氏のメール疑惑については、7月にFBIは捜査の終了を一度発表していました。FBIの捜査終了発表は、選挙戦でメール疑惑を追及しようとしていたトランプ陣営にダメージとなり、クリントン陣営に追い風となりました。FBIの捜査終了で、メール疑惑の追及を徹底できなかったトランプ氏は、3回のテレビ討論会も不振に終わりました。

それが、大統領選直前の、FBIの捜査再開発表で、情勢が大きく変わりました。司法省は、捜査再開を発表しようとしたFBIに対し、「大統領選に影響を与える行動を禁止するFBIの規定に違反」と警告したが、コミー長官は聞き入れませんでした。

FBI内部には、「大統領選でトランプ候補を優位にするな」とFBIに政治圧力がかかっていたことに対する反発もあったと考えられます。FBI内部にも葛藤があったと考えられ、結果的に7月に発表した捜査終了を、大統領選直前に撤回し、大統領選に大きな波乱を引き起こすことになりました。

(2)クリントン氏の私用メールの何が問題なのか?

問題になっているのは、ヒラリー・クリントン氏が国務長官時代に、公務にかかる交渉を私用メールで行っていたことです。公務にかかる機密事項は、国務省メールでやらなければならないという、規定に違反しています。

公的メールに書けないような不適切な内容が、私用メールに書かれている可能性があると疑われています。メール疑惑について、詳しく書いているのが、全米でベストセラーとなった「クリントン・キャッシュ」という書籍です。内容が真実か否か、全くわかりませんが、「クリントン・キャッシュ」では、ヒラリー・クリントン氏が国務長官の地位を利用して、外国政府や海外機関から献金を受け取り、便宜をはかったとされています。

米国の選挙法では、外国政府や海外企業から献金を受け取ることが禁止されています。「クリントン・キャッシュ」の内容によると、クリントン氏は、①クリントン財団という慈善団体への寄付金、および、②クリントン夫妻(ヒラリー・クリントン氏、および夫で元大統領のビル・クリントン氏)の講演に対する法外な講演料(1回に数千万円)の支払いによって、海外から事実上の政治献金を受けていたとされています。

クリントン財団に海外から寄付金が入っていること、クリントン夫妻が高額の講演料を受け取っていること自体は事実と考えられ、そのことについては、クリントン氏は反論していません。

問題は、それが禁止されている海外からの政治献金に当たるのか、また、政治献金の見返りとしてクリントン氏が国務大臣時代に、海外政府に便宜を図ったのか否かです。クリントン氏は、当然ながら、ここは否定しています。これは海外からの政治献金に当たらないし、海外に便宜をはかったこともないと主張しています。

果たして、真実はどうなのか。クリントン氏の私用メールを徹底的に調べることで白黒はっきりすると考えられています。ドナルド・トランプ氏は、メール疑惑を追及する内容を選挙宣伝のテレビCMで繰り返しています。司法省はメール問題を追及しない方針ですが、FBIが捜査再開を宣言したので、今後の展開がわからなくなってきました。

(3)米大統領選の結果はどうなるか?株式相場の反応はどうか?

11月8日の選挙結果が出るまで、断定的な判断はできません。どちらに投票するか既にはっきりと決めている層だけで集計すれば、現時点では、クリントン氏が当選すると考えられます。ただし、クリントン氏のリードは縮小しましたので、態度をはっきりさせていない浮動票がどう動くかによって、結果はわかりません。

ただし、現時点でまだ、クリントン氏のメール疑惑について、何か決定的な問題が見つかったわけではありません。大統領選前に、FBIがさらに何か新しい事実を発表することはないと考えられます。

そう考えると、現時点ではまだ、クリントン氏が当選する確率が高いと考えられます。クリントン氏が当選し、世界の株式市場が落ち着きを取り戻すというのが、メイン・シナリオです。メイン・シナリオに従うならば、日経平均の下げは一時的で、今は買い場となります。

ただし、選挙結果は、ふたを開けるまでわかりません。6月のブレグジット(英国のEU離脱)を問う英国民投票では、直前まで世論調査などに基づいて「ブレグジット否決」の予想が優勢でした。ところが、結果はブレグジット可決というネガティブ・サプライズとなり、世界の株式が急落しました。

確率は低いと思われますが、トランプ氏が大統領に当選という可能性もないとは言えません。万一、そうした事態になれば、トランプ落選を織り込んで上昇してきた世界の株式市場は、ショック安になります。

(4)クリントン氏が僅差で当選なら、強い大統領にはなれない

今回の米大統領選は、歴史に残る「不人気選挙」となっています。両候補とも、「不支持率」が、かつてないほど、高くなっています。両候補が互いに相手を罵倒しあう姿に米国民も辟易しています。

こうした状況ですから、どちらが当選しても、強い大統領にはなれないと考えられます。トランプ氏が大統領になっても、議会の協力は得られず、トランプ氏の過激な公約は、ほとんど実行できない状態になるでしょう。

民主党クリントン氏が僅差で大統領になった場合、同じく議会の協力が得られず、大統領としての指導力を発揮できなくなるでしょう。

トランプ氏は落選してもクリントン批判を続ける可能性があります。さらにFBIがメール疑惑調査を続け、なんらかの新しい事実を発見すると、クリントン氏は窮地に陥ります。メール調査の結果、問題なしとFBIの判断が出るまで、神経質な政治環境が続きそうです。

(5)日本株の投資についての考え方

私は、配当利回りやPER(株価収益率)から見て、日本株は割安と考えています(その根拠は、別の機会で詳しく説明します)。リスクはありますが、リスクを理解した上で、余裕資金の範囲で、日本株に投資する価値があると思っています。まず、配当利回り3―4%の大型株から投資すべきと考えています。

日本の企業業績は、円高が進んだ割に堅調といえます。原油などの資源が下がったショックから立ち直り、逆に、資源安メリットが日本の企業業績を押し上げる段階に入っている効果が出ています。また、米国や中国の景気が立ち直り、世界景気のゆるやかな回復が続いていることも追い風です。

日本株に、IoTやロボット、ITサービスなど新しい成長テーマが出ていることにも注目できます。日本の消費関連産業の海外進出が軌道に乗りつつあることも、期待できます。

クリントン氏が米大統領に当選するならば、米政治混乱が続いても、世界の株式市場はある程度、落ち着きを取り戻すと考えられます。

日本株を既にたくさんお持ちでしたら、これ以上、買い増すべきではありませんが、ほとんどお持ちでなければ、好業績で好配当の大型株に限定して投資していく価値はあると思います。