執筆:窪田真之

今日のポイント

  • JR九州は今期(2017年3月期)、創立来初めて、鉄道事業が黒字化する見込み。前期に行った鉄道固定資産の減損と、新幹線利用料の前払いによって、今期から鉄道事業の費用が約320億円減少することが、黒字化の主な要因。
  • JR九州のリスクは、人口が減少する地域で赤字ローカル線を抱えていること。一方、鉄道以外の事業で高い収益を上げていることが魅力。高収益の駅ビル不動産事業は、これからさらに利益を拡大する余地があると考えている。

(1)JR九州(9142)が本日、東証一部に上場

JR九州の公募価格は2,600円ですが、初値は、公募価格を上回ると予想されています。公募価格2,600円で評価すると、JR九州の株価は割安と考えられるからです。

公募価格で計算すると、年率換算した予想配当利回りは2.88%【注】と、魅力的な水準となります。先に上場したJR3社および同じ九州を地盤とする西日本鉄道よりも、高い配当利回りとなります。

【注】JR九州の年率の予想配当利回り

JR九州は当面、連結配当性向を30%とする方針を表明しています。言い換えると、毎年の連結純利益の30%を、配当金として株主に支払う方針です。ただし、今期(2017年3月期)だけは、連結配当性向を15%とする予定です。上場日(10月25日)から、決算期末(3月末)まで5ヶ月強しかないからです。

JR九州が今期末に予定する1株当たり配当金は、37.5円です。JR九州の想定価格2,600円に対し、1.44%となります。下半期だけの株主に対して1.44%の配当を出すわけですから、年率換算すると、2.88%の配当を出すことになります。

JR九州は、配当金に加え、株主優待も実施すると表明しています。3月末の株主に対し、鉄道運賃やホテル宿泊料金の割引券を、出すと発表しています。

JR4社と西鉄の株価バリュエーション比較

コード 銘柄名 24日株価 連結予想PER 予想配当利回り
9020 東日本旅客鉄道 9,345円 14倍 1.4%
9021 西日本旅客鉄道 6,501円 12倍 2.2%
9022 東海旅客鉄道 17,240円 9倍 0.8%
9031 西日本鉄道 494円 20倍 1.4%
9142 九州旅客鉄道 公募価格2,600円 11倍 年率で2.9%【注】

(出所:各社資料より楽天証券経済研究所が作成)

(2)先に上場したJR3社は成長株だった

先に上場したJR3社(東日本・東海・西日本)は、新幹線が成長事業となり、最高益を更新し、株価も長期的に上昇しています。

JR3社の公募価格と比較した、上場初値および10月24日株価の騰落率

上場年月 銘柄名 初値
騰落率
2016年10月24日
までの株価騰落率
1993年10月 JR東日本 + 58% + 146%
1996年10月 JR西日本 + 1% + 82%
1997年10月 JR東海 + 7% + 380%

(注:10月24日までの株価騰落率は株式分割を考慮して計算
楽天証券経済研究所が作成)

新幹線はかつてビジネス客中心の利用でしたが、今は国民の足として、旅行客に幅広く使われています。訪日外国人の増加にともなって、外国人観光客の利用も増えています。

(3)これまで赤字だったJR九州の鉄道事業が今期初めて黒字へ

JR九州は、当初、新幹線を保有していなかったため、成長の元がありませんでした。2011年に九州新幹線が全線開通してからは、新幹線に新たな業績拡大の期待がかかっています。加えて、2013年に運行開始したクルーズトレイン「ななつ星」や、さまざまな趣向をこらしたD&S(デザイン&ストーリー)列車が国内外の観光客に人気を博しています。

ところが、JR九州は、分割民営化によって発足した1987年以来、鉄道事業が黒字になったことが一度もありません。東京・大阪・名古屋の3大都市を地盤に持つJR3社とは、収益地盤がまったく異なります。JR「3島会社」と言われるJR九州・四国・北海道には、人口減少地域で赤字ローカル線を抱える不安がつきまといます。沿線人口の減少で、経営はこれからますます厳しくなる可能性もあります。

それでもJR九州は、公的資金の支援によって鉄道事業を今期(2017年3月期)、初めて黒字化させ、なんとか上場を実現しました。前期(2016年3月期)は鉄道事業を含む運輸サービスが▲105億円の営業赤字でしたが、今期は、230億円の営業黒字への転換を見込んでいます。

過去29年赤字だった鉄道事業がいきなり黒転するのは、前期に行った2つの会計処理の結果です。

  • 前期に、鉄道事業の固定資産で5,256億円の減損損失を認識している。その効果で、今期から鉄道事業の減価償却費が約220億円減少する。
  • 前期に、九州新幹線の鉄道施設使用料2,205億円(約20年分)を全額一括前払いしている。その効果で、今期から新幹線貸付料が約100億円減少する。

この2つの会計処理で、今期、鉄道事業の費用は約320億円減少し、鉄道事業は黒字化します。

こうした会計処理を可能にしたのが、国の金融支援です。JR九州は前期、国から預かっていた経営安定基金3,877億円を取り崩して、資本剰余金に組み入れました。言い方を変えると、国から預かっていた用途に制限のかかった基金3,877億円を、自由に使える資金に組み替えたことになります。新幹線使用料の一括前払いや巨額の減損は、国の金融支援によって実施が可能になったと考えられます。

JR九州は「平成28年熊本地震」で大きな被害を受けましたが、前期に鉄道資産を減損しているので、今期の鉄道事業黒字化見通しは変わりません。

(4)JR九州の強み

鉄道事業に不安をかかえるJR九州ですが、意外な強みもあります。鉄道以外の事業で安定的に高収益をあげていることです。駅ビル不動産事業は、前期に204億円の営業利益を稼ぎます。さらに大型商業施設の運営、ホテル、建設など、幅広い多角化事業で、利益を稼いでいます。

駅ビル不動産事業には、ここからさらなる事業拡大の期待がかかります。鉄道事業で前期5,256億円もの減損損失を出したことにより、不動産事業にはさまざまな「隠し球」が用意されたと推測できるからです。

JR九州は、前期の鉄道資産の巨額減損について、以下の通り注釈をつけています。「鉄道事業資産については、事業運営上、路線の維持が必要であることから、回収可能価額は正味売却価額によらず使用価値により測定している」。つまり、赤字路線も含め、鉄道資産は、鉄道資産のまま使い続けることを前提として、減損額を決めたということです。

JR九州は、これから鉄道事業のコストカットや、運営の見直しにさらに踏み込むことになるでしょう。その見直しによって、現在保有する22路線をすべて維持したとしても、鉄道資産として維持する必要がない資産も出てくると考えられます。それを駅ビル不動産事業に転用すれば、高収益資産に変わる可能性があります。

これは、先に上場したJR東日本などが過去にやってきたことです。旧国鉄が分割民営化してJR東日本が設立されたとき、鉄道事業の運営維持に必要な最低限の資産以外は、国鉄清算事業団に移管することが原則とされていました。

にもかかわらず、JR東日本は、今年3月末時点で賃貸不動産に1兆207億円の含み資産を有する巨大な不動産会社になっています。設立後、鉄道事業で使用しなくなった資産を不動産事業に転用することによって、不動産業の利益を拡大していきました。駅上空の空間が使えるようになる規制緩和も追い風でした。

日本の不動産価値は、JR駅周辺が一番高く、駅から遠ざかるほど低くなる傾向があります。駅周辺の不動産を保有しているJR東日本は、不動産会社としてきわめて有利な立場にありました。

JR九州にも同じ連想が働きます。もちろん九州と東京で、不動産価値は異なりますが、JR九州は「JR博多シティ」など九州主要都市で一等地に優良物件を有します。これから、鉄道事業の見直しにより、さらに事業を拡大する余地が出てくるでしょう。

JR九州のもう1つの強みは、上場と同時に、完全民営化を一度で実現させたことです。政府保有株がなくなり、JR九州の経営を縛る「JR会社法」の適用から外れます。経営自由度が高まることにより、積極経営を展開しやすくなります。