執筆:窪田真之

6日の日経平均は、前日比106円安の15,669円でした。ブレグジット(英国のEU離脱)の不安は一旦和らぎましたが、円高圧力が依然消えていないことから、日経平均の上値は重いままです。また、ブレグジット不安の次に、米大統領選の不安が残っていることも、相場の重石となっています。

今日は、ブレグジット不安が緩和した背景と、米大統領選の不安について、書きます。

(1)英国は本当にEUを離脱するのか?

6月23日に実施された英国民投票で、ブレグジット実施が賛成51.9%で決まりました。ところが、英国では、すぐにもEU離脱の手続きを開始する機運が盛り上がっていません。英国民にリグレジット(離脱を決めたことへの後悔)という言葉が広がっていることに象徴されるように、離脱決定を歓喜するムードは広がっていません。離脱派の政治家が語っていた話に誇張が多かったことがわかり、離脱に投票したことを後悔する国民も増えています。

過激な演説で英国民をあおり、離脱派を勝利に導いたボリス・ジョンソン前ロンドン市長や、ナイジェル・ファラージ英独立党党首が、不正確なデータに基づいてEUを批判していたことがわかり、両者に批判が集まっています。そうした空気を察知してか、両者とも、早々にEU離脱問題の最前線から退くことを表明しています。

ジョンソン氏は、当然、辞任を表明したキャメロン首相の後をねらって、英保守党の党首選に出るものと思われていましたが、党首選には出ないと表明しました。ファラージ氏は、独立党党首を辞任する意向を表明し、「自らの役割は終わった」と話しました。離脱派の中心人物があっさり前線から退くのを見て、離脱派に動揺が広がっています。

英国はいつEUに離脱を通告するのでしょうか?わざわざ国民投票まで実施したのだから、本来ならば英国は、投票結果に従い、速やかに離脱手続きを開始すべきです。ところが、それができなくなっています。

国民投票の結果に法的拘束力はありません。2015年7月にギリシャで行われた国民投票では、チプラス首相が投票結果と逆の選択をしました。民主主義発祥の地である英国で、さすがに国民投票の結果を無視することはできないと思います。ただ、EU離脱は、賛成51.9%・反対48.1%と、僅差の可決でした。僅差だっただけに、EU離脱の条件交渉では、英国は離脱派・残留派両方の意見を踏まえて、交渉しなければなりません。

離脱派の考えだけで交渉を進めると、残留派が多数だったスコットランド・北アイルランドで英国からの独立運動が強まるリスクがあります。同じく、残留派が多数のロンドン市ですら、「英国から独立すべき」との声が出ています。拙速な離脱交渉は、英国分裂の危機を高めます。

だからといって、残留派の意見を重視しながら、EUとの離脱交渉を進めるわけにもいきません。それでは、離脱派の不満を抑えることができません。英国は、EUとの離脱交渉の席で、何を主張すべきか自ら決められない自縄自縛におちいっています。

EUからの離脱プロセスを定めるリスボン条約50条では、英政府がEUに離脱を通告してから、離脱の条件交渉を始めると規定されています。離脱通告後、最低2年間は現状が維持されます。その間、離脱の条件を、英国とEUで話し合います。とても難しい交渉で、交渉は長期化が予想されます。交渉を開始してから2年たっても話し合いがまとまらず、交渉期間の延長が合意されない場合は、その時点で、英国へのEU法の適用が停止されます。そうなると、英国・EUとも、深刻なダメージを受けます。

そうならないように、現状維持が保証されている2年間で、英国離脱後の英国・EUが受けるダメージを最小にするような条件交渉をまとめなければなりません。

英政府には、すぐに離脱を通告してしまっていいか迷いがあります。離脱を通告しないで、事前にEUと内々に交渉したいとの気持ちがありますが、EUは事前交渉には一斉応じないと英国に通告しています。英政府は、英国の世論がこれからどう変化するか、しばらく様子見しながら考えざるを得ません。

そうなると、離脱通告に何ヶ月もかかり、さらに通告してから2年間で交渉がまとまらず、そのまま何年も延長交渉が続く可能性も否定できなくなります。英国のEU離脱交渉には、5~10年かかるという説も現実味を帯びてきます。

この問題は、世界の金融市場にとって延々と続く不安材料となるでしょう。ただし、今すぐに世界経済にダメージを及ぼすとか、世界の金融危機を誘発するということはありません。すぐ世界経済にダメージが及ぶというイメージから6月24日は世界の株が同時に急落しましたが、短期的なショックについては過剰な悲観だったことがわかり、世界の金融市場は落ち着きを取り戻しました。

(2)次の不安は、米大統領選

ブレグジットの問題は、一旦小康状態に入りました。次に、もっと大きな不安材料が控えています。米大統領選です。過激発言で人気を高めてきたドナルド・トランプ氏が、11月の大統領選で、米大統領に選出される可能性も、ゼロとはいえません。トランプ氏の支持率が上がれば、世界の金融市場に不安が広がり、リスク・オフの円高が進む可能性が高まります。

ドナルド・トランプ人気と、ブレグジット国民投票でのボリス・ジョンソン前ロンドン市長の人気には、共通点があります。どちらも、孤立主義・反グローバル主義を旗印としていることです。過激な演説で、大衆の共感を得る手法も同じです。低所得者層に移民への反感が高まっていることを利用している点も同じです。

両者の経済的主張には、反資本主義につながる内容がたくさん含まれています。そのため、ボリス・ジョンソン氏は、英経済を支える大企業からは、嫌われています。ドナルド・トランプ氏も、資本主義を旗印とする共和党主流派から、異端の扱いを受けています。

米国に、反グローバル主義、反資本主義を掲げるトランプ大統領が誕生するならば、日本および世界の経済に大きなダメージとなります。現時点では、資本主義・グローバル主義を旗印とする民主党のヒラリー・クリントン氏が優勢ですから、まだ、トランプ大統領を織り込む必要はありませんが、今後の選挙戦で、トランプ氏の人気・支持率がどう変化していくか、世界の金融市場は、慎重に見守っていくことになると思います。