執筆:窪田真之

23日に英国民投票で、ブレグジット(英国のEU離脱)が賛成51.9%で可決しました。ネガティブ・サプライズとなった投票結果を受けて、24日はリーマンショック再来のように世界の株が急落しました。日経平均は、前日比1,286円安の14,952円でした。為替市場では円が急騰し、一時1ドル99円ちょうどまで上昇しました。

私は、日本株は売られ過ぎと考えています。ただし、世界的な株の下値波乱はしばらく続きそうで今が大底とは言い切れません。24日のCME日経平均先物(9月限)は15,120円でした。為替は、日本時間27日6時現在、1ドル101.50円です。

ブレグジット可決で起こり得るダメージには、①短期的にすぐ起こるものと、②5年-10年かけてじわじわ進むものがあります。私は、短期的ダメージについては誇張が多いと考えています。ただし、5年―10年かけて、EU(欧州連合)および共通通貨ユーロが崩壊に向かう可能性を完全に否定することはできません。

(1)ブレグジットのダメージは英国よりもEUに大きい?

EUから離脱することにより、英国経済が受けるダメージは大きいと考えられます。ただし、それを上回るダメージが、EUに及ぶ可能性があります。

それを表していると考えられるのが、24日の株価指数の下落率です。

6月24日の日米欧主要株価指数の下落率

国 名 株価指数 24日下落率 備 考
英国 FTSE100 -3.1%  
米国 NYダウ -3.4%  
オランダ AEX -5.7%  
ドイツ DAX -6.8%  
ポルトガル PSI-20 -7.0% PIIGS
アイルランド ISEQ -7.7% PIIGS
日本 日経平均 -7.9%  
フランス CAC40 -8.0%  
スペイン IBEX35 -12.4% PIIGS
イタリア FTSE-MIB -12.5% PIIGS
ギリシャ ATHEN -13.4% PIIGS

上の表で、PIIGS(ピーグス)は、EUに加盟している対外借金の大きい五カ国のことを表しています。ポルトガル(P)・アイルランド(I)・イタリア(I)・ギリシャ(G)・スペイン(S)の頭文字を取って並べたものです。豚(PIGS)と音が似ていて(わざと似せた)差別的として、今は使われなくなっていますが、欧州の過重債務国問題が深刻化した2010年には、何度も使われた言葉です。

EUの運営に必要な拠出金は、経済規模が大きい国、経済が強い国がたくさん出す一方、経済の弱い国は拠出額が少なくなっています。つまり、経済の強い国が弱い国を支えている構造です。英国は、ドイツ・フランスとともに、拠出額が大きく、間接的にEU内の経済力の弱い国を支えている構造です。ギリシャや東欧諸国が支えられている構造です。

英国は、これまでEUに対し、拠出金が大きい割りに、受けている恩恵が小さいとして、EUから負担金の返還を何回も求めてきました。EUは、英国の求めに応じて、負担金の一部返還を行ってきました。その結果、英国はEUを支える主要国の中では、経済規模の割りに相対的に負担が少なくなっています。それでも、返還金を差し引いてなお、英国がEUに拠出している金額はEUの中できわめて大きいのです。その英国が、仮に、EUから完全に離脱して、まったく拠出金を出さなくなると仮定すると、英国といっしょにEUを資金面で支えていたドイツやフランスの負担はいちだんと重くなります。

EUがギリシャなどを支えていく余力が小さくなる可能性があります。そうしたことを考慮すると、英国が受ける大きなダメージ以上のダメージが、EUに及ぶ可能性があります。

英国とEUの貿易についても、同じことが言えます。ブレグジットが実行されると、英国との間の自由貿易協定は一旦白紙になります。別途、英国―EU間に自由貿易協定を結ぶことになると思います。万一、英国―EU間の自由貿易協定がなくなった場合、どうなるでしょう。

英国は深刻なダメージを受けます。ただし、それと同じ、またはそれ以上のダメージがEUに及びます。英国からEUへの輸出よりも、EUから英国への輸出の方が大きいからです。フランスから英国への農産物の輸出や、ドイツから英国への工業製品の輸出に関税がかかるようになれば、それは、フランス・ドイツにとっても、大きなダメージとなります。24日の株価指数の下落率は、こうした不安をあらわして、英国以外のEU諸国が大きくなっています。特に、財政状態のよくないPIIGSの下げが大きくなっています。

日本も、PIIGS並みの下げになっていますが、それはなぜでしょう。日本は、対外純資産世界トップで、対外借金はほとんどありません。日本企業にとっては、円高が急伸したダメージが非常に大きくなっています。ブレグジットの直接的な影響よりも、間接的な影響である円高が、日本株を急落させているといえます。

(2)今日からすぐに英国がEU離脱するわけではない

ブレグジットが英国の国民投票で決まりましたが、実際に英国がEUから離脱するのは、早くても2年後です。それまでは、EUと英国の間には、現在の経済関係が維持されます。英国がEUに対して、離脱を通告してから2年後となります。英国がEUに通告するのが遅れれば、それだけ離脱の時期が遅れてきます。

英国では、ブレグジット可決を受け、EU離脱に反対していたスコットランドに英国からの独立を再検討する動きがあります。北アイルランドも、英国からの独立を検討する可能性があります。また、可能性は低いですが、同じくEU残留を望んでいた首都ロンドン市自体が、英国から独立するとの話すら出ています。

ブレグジット賛成派が過半数を取ったとはいえ、英国はブレグジット反対派の意見も聞き、今後のEUとの付き合い方をどうするか、慎重に検討しなければなりません。基本方針が決まらないと、EUに離脱通告ができません。早ければ10月にも離脱を通告するという見方もありますが、英国内の意見統一ができないと、通告はさらに遅くなる可能性もあります。

英国がEUに離脱を通告した後、EUと離脱の条件を話し合うことになります。英国もEUも、双方にとって、相互の経済関係が希薄になることはダメージになります。本音では、英国とEUの自由貿易協定は、そのまま継続することが、英国にとってもEUにとっても得策であることは明らかです。

ただし、EUを離脱しても、自由貿易の恩恵がそのまま残るとなると、英国に習ってEUを離脱する国が、EU内の主要国に増えかねません。EUと、人・モノが自由に行き来する恩恵を、英国にそのまま与えるわけにはいかないのです。

英国にとっても、EUと何を交渉すべきか、国内で簡単に意思統一できません。移民の制限は必要という考えがありつつ、人の行き来が自由にできなくなるダメージが大きいこともわかっています。移民に対する不満がありながら、移民が低賃金労働者として英国経済を支えている構造もあります。

英国にとってもEUにとっても、むずかしい交渉となり、英国の完全な離脱に、2年どころか、5年以上かかるという説まで出ています。すぐにも英国がEUを離脱して、すぐに世界経済にダメージが及ぶというイメージは、過剰だった可能性があります。

ただし、長期的に、EUという仕組みが維持できなくなる可能性が出てきていることは、重大な問題です。英国はEUに加盟していましたが、共通通貨ユーロには入りませんでした。だから、EU離脱を決断できました。

ところが、自国通貨を廃止して共通通貨ユーロを導入したEU諸国は、簡単にEUを離脱できません。通貨を自国通貨に戻すコストが、あまりに大きいからです。ただし、共通通貨ユーロにも重大な問題が残ります。

経済力の弱い国(PIIGS)が、ドイツの信用によって支えられた通貨ユーロを使うことで、赤字体質が改善されないという問題があります。そのため、EUは、財務体質の弱い国に緊縮財政を要請しています。ところが、PIIGS諸国には、EUから押し付けられる緊縮財政に反対する勢力が拡大しつつあります。

EUを支える国も、支えられる国もともにEUに不満を持つ現状が続くと、EUそのものの崩壊につながる可能性は否定できません。ただし、それは、すぐに起こることではなく、10年以上先になると思います。

(3)日本株投資をどう考えるべきか?

ブレグジットは、英国や欧州に進出している日本企業に、悪影響を及ぼす可能性がありますが、それは、すぐに起こることではありません。それよりも、円高が急伸した影響が重いと考えられます。ブレグジットにより、米国FRBは6月に利上げができませんでした。7月も利上げできず、年内利上げができないとなると、1ドル100円前後の円高が定着する可能性もあります。

円高定着で、業績の下方修正リスクが高まってきたことが、日本株の上値を抑えます。日本株は、年初来、主要国の中で一番大きく下げており、ここからの下値が大きいとは考えていませんが、それでも、当面上値は重いと考えられます。

当面、投資する場合は、円高や世界経済の影響を受けにくい好業績株や、好配当利回り株にしぼった方がいいと思われます。