執筆:窪田真之

世界が注目していた英国民投票の結果が出て、英国のEU(欧州連合)離脱が確定しました。これを受けて、24日の日経平均は1,286円安の14,952円と急落、為替は一時1ドル99円ちょうどまで円高が進みました。24日15時時点では1ドル102.30円です。

(1)英国民の反EU感情は予想以上に強かった

「EUが国家を超えた国家としてイギリスに君臨するのを許すな」「EU残留を可決することは、EU官僚に対し無条件降伏を表明するのと同じ」・・・離脱派は最後まで激しい言葉でEUを非難していました。その言葉が、英国民の心に積もった反EU感情をあらわしています。

英国は、今後EUと、離脱後の条件交渉を進めることになるが、非常に難しい交渉となります。EUに加盟していたことで得られていた特典がすべてなくなると、英国経済へのダメ-ジがきわめて大きくなるからです。そうならないように、離脱後の条件が、英国になるべく有利になるように交渉することが求められます。

英国とEUの関係は、とりあえず2年間は現状が維持されます。早ければ2年後に英国が持つEU加盟国としての特典はなくなります。EU脱退後の条件交渉が英国に有利に進まないと、外資系企業は英国から脱出を進めるようになります。また、EU残留を望んでいたスコットランドに、英国からの独立を目指す動きが再び出てくる恐れもあります。

一方、EUサイドでも、英国離脱の条件交渉は難問です。EU離脱後の英国に、EUに留まっていたときと同じ特典を、やすやすと与えるわけにはいきません。それを許すと、EU主要国に、EUからの離脱連鎖を起こすことになりかねません。

そうは言っても、英国とEUが、重要な貿易パートナーである事実は変わりません。EUと英国の経済的なつながりが薄くなると、ダメージを受けるのは、英国だけではありません。EUも同じです。英国を特別待遇していると見られない範囲で、なるべく現在の英国との経済関係が変わらないように条件を決めなければなりません。

(2)EU主要国に離脱連鎖が広がるリスクも

反EU運動が勢いを増しつつあるのは、英国だけではありません。フランス・イタリア・スペインなどEUを支える主要国に軒並みEUへの反感が広がりつつあります。英国がEU離脱を決断したことで、EU主要国に離脱連鎖が広がりかねないリスクが生じました。

この影響がどう表れるか。最初に、注目されるのが6月26日に実施されるスペイン総選挙です。EUに押し付けられている緊縮財政に反発する急伸左派「ポデモス」が議席を伸ばすことが予想されています。国民党が過半数を取れず、ポデモスが第2党に浮上すると、スペインでも反EU機運が高まり、スペインの財政規律が緩む可能性もあります。

フランスでは、反移民、反EUを掲げる極右政党、国民戦線(FN)が勢力を伸ばしています。イタリアではEUに懐疑的な新興勢力「五つ星」が台頭、6月19日に実施された統一地方選で、ローマ市長とトリノ市長に、五つ星に所属する女性候補が当選して話題となりました。

(3)EUを主導するドイツへの反感は根強いが、ドイツにも反EU感情はある

英国・フランス・イタリア・スペインに共通するEUへの不満は、EUからさまざまな規制を押し付けられること、EU域内から流入する移民を規制できないことにあります。彼らの批判の矛先は、EUを主導しているドイツに向けられています。ただし、そのドイツ国民にも、反EU感情はあります。

EUに最大の拠出金を提供し、EUの財政を支えているのはドイツです。ドイツは、2014年のEU総予算1,329億ユーロ(約15.7兆円)の21.9%(約3.4兆円)を拠出しています。ドイツ人は「我々の税金を使ってなぜギリシャや東欧諸国を支援しなければならないのか」とフラストレーションを積もらせています。ドイツでは移民増加への警戒も急速に高まっており、反移民を掲げる民族主義政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を広げています。

ドイツに次いで、2014年のEUへの拠出金の負担比率が大きいのは、フランス15.8%(約2.5兆円)、イタリア11.9%(約1.9兆円)、英国10.6%(約1.7兆円)、スペイン8.4%(約1.3兆円)です。EUに28カ国が加盟していますが、拠出額の大きい上位5カ国で、68.6%を負担していることになります。

EUから英国が抜けると、残ってEUを支える主要国の負担はさらに重くなります。そうなると、EU主要国に、離脱の連鎖が起こる恐れもあります。EUは、経済力の強い国が弱い国を支える構造になっていますが、負担金が大きい国の国民に、それに対する不満が蓄積しています。

(4)援助してもらっているのに反EU・反ドイツのギリシャ

EUという仕組みの致命的な問題は、支援金をもらって支えられているギリシャのような国にも、反EU・反ドイツ感情が広がっているところにあります。

2015年1月にギリシャに誕生した急進左派連合チプラス政権は緊縮財政を求めるEUの盟主ドイツに公然と攻撃的発言を繰り返しました。債務まみれのギリシャを支援し続けているEU、その中核にあって資金を出し続けているのがドイツであるにもかかわらず、緊縮財政を迫るEUとドイツを非難することで、チプラス政権は選挙に勝ち、政権を握りました。「ギリシャ人の誇りを守るために(EUが押し付ける)緊縮策を放棄する」を公約としていました。

EUが「緊縮策を受け入れなければ支援を継続しない」と態度を硬化させたため、チプラス首相は最終的には公約違反であることを認めつつ、緊縮策の受け入れを決定しました。それで、ギリシャ支援は続けられ、ギリシャの財政問題は、小康状態を保っています。ただし、ギリシャ人の心の中には、EU・ドイツへの反感が深く刻まれることになりました。

英国のEU離脱は、氷山の一角でしかありません。EUを支える国にもEUに支えられる国にも、反EU感情が広がりつつあることを考えると、EU崩壊の危機は始まったばかりで、これから深まっていくと言わざるを得ません。

(5)英国のEU離脱でも、それで世界恐慌が起こるとは考えません

円高がさらに急伸したことで、日本の企業業績にはさらに下押し圧力がかかります。日本株は、配当利回り・PER・PBRなどの株価指標から見て、割安になっていますが、それでも、当面は上値の重い展開が続きそうです。

ただし、英国民投票の前に、一部で言われていたように、英国のEU離脱で世界恐慌が起こるとは考えていません。投票前は、英国民に離脱を思い留まらせる目的から、離脱のマイナス影響をかなり誇張した話が広がっていました。離脱が決定した今、逆に離脱の不安を過度に高めないように、修正した話が出てくると思います。

離脱決定でも、明日からすぐに英国とEUの関係が崩壊するわけではありません。2年間は現状が維持されます。2年の間に英国とEUが互いに受けるダメージを最小とするような条件交渉が進むかもしれません。交渉次第で、ブレグジット(英国のEU離脱)の世界経済へのダメージを最小に抑える道も見えてくるかもしれません。

いずれにしろ、離脱決定で即リーマンショックのような世界不況が起こるとは、考えられません。ただし、世界の株や為替が落ち着くのに、しばらく時間がかかりそうです。