執筆:窪田真之

8日の日経平均は、155円高の16,830円でした。米国の早期利上げ期待が低下し、円高再燃のリスクが懸念されますが、「不安材料はあっても米景気は回復に向かい、いずれ利上げが必要になる」というイエレンFRB議長に象徴されるように、過度な悲観論は薄れつつあります。ただし、ただちに上値を追っていくには、材料不足です。しばらく、16,500-17,000円中心のボックス相場が続きそうです。

9日の日本時間午前6時現在、為替は1ドル106.98円、CME日経平均先物(6月限)は16,815円でした。

今日は、来週15-16日の金融政策決定会合で、日銀が追加緩和策を発表するか否かについて、考えていることを書きます。

(1) 日銀は打つ手がなくなってきている

まず、結論から述べます。私は、「追加緩和なし」と予想しています。これまでの緩和策に、経済を浮揚する効果がほとんどなかったことに加え、逆にさまざまな弊害があることが指摘されるようになったからです。市場予想も、「追加緩和なし」で私の予想と同じです。

日銀が追加緩和をできないと考える理由は、以下の3点です。

  • 金融緩和に設備投資や消費を浮揚する効果はなく、事実上、円安誘導だけが、追加緩和の目的となっている
  • マイナス金利に弊害が大きいことがわかってきた
  • 日銀の異次元緩和(国債等の80兆円買い取り)も弊害が大きいことがわかってきた

(2)「円安誘導」だけが目的になってしまっている

これまでに実施した異次元緩和やマイナス金利に、日本の設備投資や消費を活性化する力はほとんどありませんでした。それでも、日銀のこれまでの緩和策が評価されるのは、緩和によって円安を誘導できたからです。円安によってインバウンド需要が拡大するなど、円安は内需企業にも外需企業にも幅広くメリットをもたらしました。

ただし、それも、米国が円安(ドル高)を容認していたから可能だったといえます。現在、大統領選で、共和党のドナルド・トランプ候補も、民主党のヒラリー・クリントン候補も、どちらも日本の円安誘導政策を批判するようになっています。ルー米財務長官も、繰り返し、日本の為替操作をけん制する発言をしています。米国が円安を許容しなくなったため、為替は大きく円高に反転しました。日銀がマイナス金利を導入しても、円高を食い止めることはできませんでした。

(3)マイナス金利に弊害が大きいことがわかってきた

マイナス金利で損をするのは「個人」で、得をするのは「日本国」です。その簡単な結論が、やっと理解されるようになってきました。マイナス金利は、借金をしている人に追い風で、資産を運用している人に逆風です。「日本国」は1000兆円を超える負債を抱えていますので、マイナス金利で利払い負担が減り、大きなメリットを受けます。10年国債までマイナス利回りの状態が何十年も続くとすると、利払い負担の減少額は、どんどん大きくなります。消費税を引き上げなくても、利払い低下で十分おつりが出るようになる可能性もあります。

一方、1,741兆円の金融資産を保有する「家計」には、大きなマイナスです。預金がなく、住宅ローンが残っている個人にはプラスですが、家計全体をトータルすれば、大きな貯蓄主体であることに変わりはありません。

個人投資家は、国債(個人向け国債以外の一般の国債)をほとんど保有していないため、これまでマイナス金利で受けるダメージに気付いていませんでした。ところが、冷静に考えると、個人投資家は、間接的に国債を大量に保有していることになります。以下をご覧ください。

家計の金融資産1,741兆円の構成:2015年12月時点

(出所:日本銀行)

マイナス金利の導入で、預金金利が下がりましたが、もともと預金金利はきわめて低かったので、さらに下がっても、預金者に大きな痛みが発生するわけではありません。それが、個人が、マイナス金利の問題に気付かない原因でした。

国債の利回り低下は、年金や保険の運用に大きなダメージをもたらします。上の図で、29.3%の構成比になっている保険・年金・定型保証の部分が大きなダメージを受けるわけです。金利が高い時代に確定利回りの年金や保険に入って、利回りが確定している個人にはダメージは及びませんが、まだ積み立てを続けている人や、これから加入する人には、甚大な影響が及びます。

10年国債のマイナス利回りが一時的なら問題ありませんが、もし長期化すると、年金・保険の財政が悪化し、給付の引き下げ、掛け金の引き上げなどの措置が必要になります。ただでさえ、少子高齢化の進展で悪化が見込まれる年金財政の悪化に、マイナス金利が拍車をかけることになります。

(4)異次元緩和にも弊害が大きいことがわかってきた

三菱UFJ銀行は、国債のプライマリー・ディーラーの資格を国に返上する方針を固めました。国が発行する国債を最初に引き受けるのが、プライマリー・ディーラーです。三菱UFJ銀行は、マイナス利回りの国債を引き受けると、将来、損失が発生する可能性があるので、早めに手を打ち、引き受け資格を返上するわけです。

日銀は、国が発行する国債を直接引き受けることが禁じられていますから、国は、新規に発行する国債を一旦プライマリー・ディーラーに引き受けてもらう必要があります。プライマリー・ディーラーは、日銀がマイナス金利の国債など債券を年間80兆円買い増しすることを知っていますので、日銀に転売することだけを目的に、マイナス利回りの国債を購入します。

ただし、日銀も、マイナス金利の債券を年80兆円、いつまでも買い続けることはできません。日銀の財務にも穴があくからです。いずれ「出口」はやってきます。将来、日銀が「債券の年間買い付け額を70兆円に減らす」と表明すれば、たちどころに金利が急騰(債券価格は下落)し、長期国債を保有している金融機関は、含み損をかかえることになるでしょう。

その日がいつかは来ることがわかっているため、三菱UFJ銀行は、早めに対策をたてたわけです。ただ、メガ銀行が、国からもらっているプライマリー・ディーラーの資格を返上するのは、きわめて異例のことです。国債を引き受けることで、国と一体でやってきた金融行政に大きな穴があくことになります。

なお、三井住友銀行やみずほ銀行も、同様の状況に置かれていますが、この2行は、今のところプライマリー・ディーラーの資格を返上する意思はありません。ただし、保有する国債の残高は既に大幅に減らしています。3メガ銀行が国債の保有を減らし、日銀だけがマイナス利回りの国債をドンドン買っていく異常事態が続いています。