執筆:窪田真之

7日の日経平均は、95円高の16,675円でした。為替が1ドル107円台の後半と円安方向に動いたことが好感されました。米早期利上げ期待は低下したものの、米景気の基調は弱くなく、年内に利上げが必要になるとの見方が、ドル円を支えました。

8日の日本時間午前6時現在、為替は1ドル107.38円、CME日経平均先物(6月限)は16,710円でした。

今日は、最近話題になることが少なくなった含み資産株の話をします。

(1)保有する不動産に巨額の含み益

日本には、保有する賃貸不動産に巨額の含み益が存在する企業が多数あります。そうした含み資産株には、含み益を考慮した実質PBR【注】が1倍を大きく割れている企業が多数あります。

 

【注】PBRを理解するためのイメージ図

2005年ごろ、割安な含み資産株をハゲタカファンド(買収ファンド)が買い占めて大暴れしたことがあります。巨額の含み益を有するにもかかわらず利益水準が低く、PBRが実質1倍を大きく割れ、株価が安くなっている企業がターゲットとなりました。一定量の株を買い集めた上で、企業に「含み益のある資産を売却して配当金を大幅に増やすこと」などを強く要求しました。

ただし、短期的な利益を狙って株主権を濫用するハゲタカファンドには社会的批判が集まりました。敵対的買収への嫌悪感が広がり、2006-07年には上場企業に買収防衛策の導入ブームが起こりました。そこで、ハゲタカファンドは去り、敵対的買収ブームは鎮静化しました。

今、株主権をたてに企業に株主還元を強要するハゲタカファンドは少なくなりました。企業と対話しながら、企業価値を高めていくことを目指すファンドが増えています。ハゲタカファンドが去ったことを受けて、買収防衛策を解除する企業が増えました。

こうして企業と株主の対話は改善されました。一方、含み資産を持つだけの割安株には、長期投資家も短期投資家も、見向きもしなくなりました。巨額の含み資産を保有しながら、株価が割安な銘柄は、割安なまま放置されるようになりました。

(2)実質PBRで見て割安な含み資産株でも買いは入りにくい

大手不動産業には、1兆円を超える賃貸不動産等の含み益が有する企業があります。倉庫業も、賃貸不動産を多数保有しており、そこに含み資産が存在します。

 

不動産業・倉庫業で賃貸等不動産に存在する含み益の大きい上位3社:含み益の金額、6月7日時点のPBRと実質PBR

  証券コード 企業名 産業分類 含み益(億円) 連結PBR(倍) 実質PBR(倍)
1 8802 三菱地所 不動産 25,691 1.87 0.86
2 8801 三井不動産 不動産 19,122 1.35 0.80
3 8830 住友不動産 不動産 16,976 1.57 0.68
4 9301 三菱倉庫 倉庫 2,235 1.01 0.63
5 9302 三井倉庫HD 倉庫 1,040 0.58 0.27
6 9303 住友倉庫 倉庫 501 0.60 0.55

(出所:各社2016年3月期決算短信より楽天証券経済研究所が作成、実質PBRは自己資本に税効果を考慮した含み益を加えた実質自己資本から計算されるPBRのこと)

この表で注目すべきは、実質PBRの低さです。特に、三井倉庫HD(9302)の実質PBRは0.27倍と、きわだって低くなっています。その意味を考える前に、まず三菱地所(8802)を例にとって、PBR・実質PBRの計算方法を説明します。

  • PBRの計算方法

    三菱地所の2016年3月末の連結自己資本は1兆5096億円です。これに対し、6月7日時点の株式時価総額は、2兆8301億円です。PBR(株価自己資本倍率)は、株式時価総額が自己資本の何倍であるか示す指標です。倍率が高いほど株価は割高、低いほど割安と判断されます。6月7日時点のPBRは、1.87倍(2兆8301億円÷1兆5096億円)となります。

  • 実質PBRの計算方法

    三菱地所には2016年3月末時点で、2兆5691億円の賃貸等不動産含み益があります。税効果を考慮した含み益を自己資本に加えて計算するのが、実質PBRです。
    実質PBRとは、各社が保有する含み益の70%を自己資本に加えて、計算したPBRのことです。三菱地所を例にとって説明しましょう。三菱地所には、2016年3月末時点で、2兆5691億円の含み益が存在します。もし、賃貸不動産をすべて売却すると2兆5691億円の売却益が得られますが、売却益には税金がかかります。税率を30%と仮定すると、税引き後で、含み益の70%に当たる1兆7983億円が残り、自己資本に加えられます。実質PBRは、自己資本に含み益の70%に当たる1兆7983億円を加えて計算したものです。6月7日の時価を、実質自己資本で割って求める実質PBRは0.86倍となります。

(3)実質PBRは、株主による企業評価を表している

ハゲタカファンドが去った今、実質PBRが低いというだけで、株を買い集める投資家はいなくなりました。現在の実質PBRは、含み資産をどれだけ有効に活用しているか、投資家の企業評価を表しています。

大手不動産3社については、私は、含み資産を活用した企業価値向上をそれなりに行っていると評価しています。三菱地所(8802)は、丸の内の再開発で、企業価値を大きく伸ばしました。三井不動産(8801)も数々の都心部大型再開発を手がけてきました。住友不動産(8830)も、積極的な再開発で付加価値を拡大してきました。

3社とも、実質PBRが1倍を割っていますが、これは、都心の不動産市況がやや過熱してきていることを反映していると考えています。マイナス金利の追い風で都心の不動産市況が上昇していますが、日銀のマイナス金利政策が将来出口にむかう際には、反動で下がる懸念もあります。そのリスク分が実質PBR1倍割れの理由と判断しています。

問題は、倉庫3社の実質PBRの低さです。倉庫3社は、倉庫跡地に建設した賃貸ビルを数多く所有し、そこに含み益があります。ただし、3社とも、賃貸ビルは収益安定化のために所有しているだけで、本業は倉庫・運輸業です。本業も国内では苦戦しています。今は、高速道路のインターチェンジや住宅街などに存在する小型倉庫が主流の時代になり、大手倉庫3社が所有する沿岸部の大型倉庫は時代遅れとなりつつあるからです。

期待されるのは、アジアで物流事業を拡大しつつあることです。アジア事業の拡大が軌道に乗り、アジアで成長する企業というイメージを持つことができるようになれば、PBR評価はもっと高くなるでしょう。ただし、当面は、安くてもなかなか買われることがない株であり続けるでしょう。

それでは、倉庫3社のように、含み資産を考慮した実質PBRがきわめて低い株は、買いでしょうか?今日は結論のない話となってしまいますが、私にもそれは判断がつきません。

かつて、そうした割安株を買ってじっくり何年も待っていると、いつか大きく上昇すると期待できた時代もありました。ただ、敵対的買収がほとんどなくなった今の日本では、含み資産から割安な株を選別して買い、いつまでも持ち続けても、報われないリスクも出てきたといえます。