12日の日経平均は、前日比479円安の17,218円でした。外国人投資家が、主に海外要因から、日本株を強引に売ってきています。私は日本および世界経済の実態がリーマンショックの時のように急激に悪化しているとは考えていません。今までと同じように、ゆるやかな世界景気の拡大が続いていくと予想しています。

外国人の売りがどこで一巡し、日経平均がどこで大底を打つか予測することは難しいですが、テクニカル指標で見て「短期売られ過ぎ」シグナルが複数出ており、大底は近づいていると考えています。

今日は、読者の皆様からいただいたご質問3つにお答えします。

(1)為替についてのご質問

円高が進むと、必ず「安全資産としての円」が買われたという解説が決まり文句のように出て来ますが、これには、ドーモ納得がいきません。そもそも何でリスクが高まるたびに円が買われるのでしょうか。(注)複数の方のご質問を抜粋して1つにまとめています。

【窪田から回答】

私もレポートの中でしばしば「安全資産として円が買われた」「リスク・オフの円高が進んだ」という表現を使っています。「日本の政府債務が1000兆円を超えた」「GDPに対する政務債務の割合が200%を超えており、ギリシャ並みに悪い」と言われる状況下で、なぜ円が安全なのか不思議に感じる方が多いのは当然かと思います。

国の信用をはかる時、政府の借金だけ見ていても意味はありません。政府部門と民間部門の資産・負債を合算して、日本国が海外からいくら金を借りているか、あるいは貸しているか見る必要があります。それが、対外純資産残高に表れています。日本は、世界最大の対外純資産保有国です。

対外純資産額の上位3カ国:2015年12月末時点

1位 日本 366兆円
2位 中国 214兆円
3位 ドイツ 154兆円
4位 スイス 99兆円

(出所:財務省)

政府部門は巨額の借金を抱えていますが、日本の国債の約95%は日本国民によって保有されており、海外から借金しているわけではありません。一方、日本国は大量の米国債を保有しており、米国政府にお金を貸している状態です。日本人は、米国債だけでなく、世界中の金融資産や実物資産(工場など)にも投資しているため、対外純資産で見ると、第2位の中国を引き離して、断トツのトップになっています。

対外純資産の大きい国はほとんど経常収支が黒字です。対外純資産が大きい国は、経常収支の黒字を積み上げることによって、純資産額を拡大してきたわけです。そういう国の通貨は、基本的に安全通貨となります。

かつて、日本円とドイツマルクとスイスフランは、安全通貨の代表でした。ただし、ドイツマルクは欧州の通貨統合で消滅し、共通通貨「ユーロ」になりました。「ユーロ」には、ギリシャ・イタリア・フランスなど対外純負債の大きい国の通貨も含まれるため、通貨ユーロは安全通貨とは見なされていません。

中国の人民元は、中国政府によって、人為的に割高な水準に固定されてきたため、今、市場の圧力を受けて、元切り下げを実施せざるを得なくなっています。そうした事情から、人民元も今は安全通貨とは見なせない状況です。

安全通貨は、信用の高さゆえに、金利が低くなっています。世界的にリスク資産が買われる局面では、世界の投資家は、金利の低い安全通貨を売って、金利の高い通貨を買います。対外借金が大きく、金利の高いブラジル・レアルやトルコ・リラが、「リスク・オン」局面では買われるわけです。

ところが、世界が「リスク・オフ」局面に入ると、ブラジルやトルコの信用の低さに注目が当たり、高金利通貨は下落し始めます。こうなると、投資家は高金利通貨を売って安全通貨に避難しようとします。そういう理由から、リスク・オフ局面で円は買われる傾向が鮮明となります。

(2)地政学リスクについてのご質問

中東の地政学リスクが非常に気になります。また、東アジアの地政学リスクが日本株に与える影響についても解説をお願いします。(注)複数の方のご質問を抜粋して1つにまとめています。

【窪田から回答】

  • 北朝鮮の問題

最初に、北朝鮮の核実験の影響からお話しします。北朝鮮が、中国との結びつきを強めると、米中対立に発展するので、深刻な事態につながります。ところが、今回の核実験では、北朝鮮は事前に中国に核実験実施を伝えませんでした。このため、中国の怒りを買いました。北朝鮮と中国のつながりが薄れ、北朝鮮が国際的に完全に孤立する結果を招いています。したがって、現時点では、今回の核実験が世界的に深刻な事態に発展する可能性は低いと考えます。

1950年に始まった朝鮮戦争では、北朝鮮を支持する中国義勇軍が、韓国を支持する国連軍(おもに米国軍)と戦いました。表面的には中国義勇軍と国連軍の戦いということになっていますが、実質的には、中国(中華人民共和国)軍と米国軍が戦争したとも言えます。今も続く米中対立の背景には、この問題があります。

  • 南沙諸島での米中対立

不測の事態が起こると、日本および世界の株にショックをもたらす可能性があり、注意を要します。米国は今年、大統領選挙が実施されます。選挙期間は、候補者から対外強硬論が出易くなります。また、中国政府も、外交政策では弱みを見せられない状況にあり、米中の対立が深まるリスクがあります。ただし、中国政府は、今米国と戦っても、装備面で太刀打ちできないことを知っており、当面自制すると考えられます。中国の軍部が暴走しない限り、南沙諸島で不測の事態が起こることはないと考えています。

  • 中東の地政学リスク

中東地域の民族・宗教対立は、何百年も前から続いているもので、今後何百年たっても解決されることはないでしょう。ただし、それが日本および世界の経済に与える影響は、当面限定的と判断しています。かつて、中東で紛争が起こると、原油価格が急騰し、それが世界経済に悪影響を及ぼしました。ところが、今、原油は世界的に供給過剰で、中東で紛争が起こっても、原油価格は上昇しません。

中東で戦争が起こっても、中東原油の供給が減らないことは、過去の歴史で証明済みです。1979年イランでシーア派革命が起こり、スンニ派が支配するイラクとの開戦が避けられなくなった時、原油価格が急騰し、第二次オイルショックが起こりました。戦争によって中東原油の供給が途絶えることが懸念されました。ところが、原油価格は、イラン・イラク戦争が始まった時がピークで、その後イラン・イラク戦争が続いた10年間にわたり、大幅に下落し続けました。

現在も、中東で地域紛争が増えていますが、中東産原油の供給は増加しています。イランが米国から受けている経済制裁が完全にとければ、イラン産原油の供給がさらに増えると考えられています。こうした事情から、中東の地政学リスクが高まる事件が起こっても、世界の株式市場に大きな影響は及ばなくなっています。

さて、最近、新たにサウジアラビアの政情不安が高まるリスクが語られるようになっています。サウジアラビアは、OPEC諸国の盟主で、かつ欧米諸国に協力的な国として知られます。中東の安定化に重要な役割を果たす国です。ところが、サウジアラビア国内にも、イスラム教原理主義者が数多く存在しています。実際、過激派組織アルカイダや、IS(イスラム国)にも、サウジから多数の人材が出ています。

サウジは、イスラム教原理主義者によって、革命が国内に持ち込まれることを非常に恐れています。そのために、豊富な原油収入を使ってバラマキ型の社会福祉を維持し、社会不安が広がるのを抑えてきました。原油価格の急落は、こうしたサウジの政権安定化策が、うまく機能しなくなるリスクをはらんでいます。

サウジはイスラム教スンニ派が支配する国ですが、国内に2つの対立勢力を抱えています。1つは、スンニ派の原理主義者で、IS(イスラム国)に共感する勢力です。もう1つは、イスラム教シーア派勢力です。サウジがIS(イスラム国)への空爆に参加し、シーア派盟主のイランと断交するのは、国内に革命の芽を持ち込まれるのを避けるためといえます。このように、最近、サウジの政権が不安定化するリスクが語られるようになっていますが、短期的にこの不安が現実化する可能性は低いと考えられます。

ところで、IS(イスラム国)によるテロ増加で、欧米の消費が萎縮することが心配されていますが、今のところ、テロで欧米の消費が縮小する現象は見られていません。2001年9月11日にニューヨークで同時多発テロが起こった後、「ITバブル崩壊にテロが追い討ちをかけ、米国は景気後退色を強める」と言われましたが、実際には「テロに負けるな」と2001年の米クリスマス商戦は盛り上がり、米景気は逆に力強さを取り戻しました。

(3)私が「アベノミクスは終わっていない」と書いたことに対するご質問およびご意見

アベノミクスは終わっていない?そもそも最初から実態はなかったのではないか。アベノミクスなんて何のことはない!結局、海外事情が全て。だって誰が相場を動かしているのか、外人でしょ。

安倍首相の政治目標はいまや「2020年の五輪を自分の手でやり遂げる」「あと4年の間に憲法改正に道筋をつける」の2点に絞られ、デフレ脱却や構造改革はもはやどうでもよくなったのでないか?(複数の方のコメントを抜粋して、1つにまとめて掲載しています)

【窪田から回答】

外国人が日本株の動きを決めているのは事実です。私は、短期的な相場予測をする場合、常に外国人がどう動くかを考えています。外国人投資家は、投資先の国の政治の変化に敏感に反応します。政情不安は売り、政治の安定は買いになります。日本の政治は安定していますが、それでも内閣支持率の変化に、政権安定度の変化が表れます。外国人は内閣支持率が高いときに買い、低くなると売る傾向があります。

外国人投資家が投資先国の政治をチェックする重要な切り口が、もう1つあります。資本主義政策を推進する政権が支配する国は買い、社会主義(社会福祉を重視する)政策を推進する政権が支配する国は売り、と判断します。2012年末の総選挙で、民主党政権が終わり、自民党政権が誕生しました。外国人投資家の目には、「社会福祉を重視する政権が終わり、資本主義政策を重視する政権が成立した」と映りました。これを受けて、2013年には外国人投資家が日本株を15兆円も買い越しています。

ところで、外国人投資家といっても、国によって多少考え方は異なります。欧米の投資家は、だいたい今述べた考え方で一致します。中東オイルマネーには、欧州人のコンサルタントがつくことが多いので、欧米投資家と近い考えで動く傾向があります。

私は、かつてファンドマネージャーをやっていた時に、中東・中国・アメリカなどに出張し、現地の投資家とさまざまなディスカッションを重ねてきました。その時に、彼らが日本株を見る目がどういうものか、感じ取りました。その時の経験を生かして、今、外国人の目に日本がどう映っているかをいつも考えています。

私が「アベノミクスは終わっていない」と述べるのは、外国人の目に映るアベノミクスの性質がそんなに変わっていないという意味です。外国人から見て、アベノミクスが「資本主義色の強い政策を進める」状況が変わっていないことを、意味しています。日本人がアベノミクスを見る目とは、若干異なる部分もあります。

消費税率を引き上げながら、法人税率を引き下げるのは、明らかに資本主義的政策です。TPP、農業改革の推進、官業(日本郵政・空港など)の民営化推進も、資本主義的政策です。マイナンバー導入によって電子政府を推進し官公庁の労働生産性を高めることも、資本主義的政策といえます。私は、これらの政策が、日本国民の幸福増進につながるか否かは議論していません。あくまでも、外国人の目から見て、資本主義的政策を推進中と映るか否かだけを、議論しているつもりです。

私は、現在のパニック売りが収まれば、外国人投資家は再び日本株を買い増しすると予想しています。ただし、安倍政権が憲法改正の議論に深入りし、経済政策をおろそかにして、支持率を低下させることになると、外国人の買いが入らなくなるリスクもあると考えています。