25日の日経平均は77円安の19,847円でした。トルコによるロシア機撃墜のニュースを嫌気して、一時138円安の19,786円まで下がりましたが、日本への直接の影響は限定的と見られることから、その後下落幅を縮小しました。今日は、最近、増えている地政学リスクのイベントにどう対処すべきか、考えを述べます。

(1)トルコとロシアの対立が浮き彫り、IS(イスラム国)掃討のための共闘が困難に

金融市場への影響を話す前に、まずシリア内戦をめぐるトルコの微妙な立ち位置について簡単に解説します。トルコは隣国シリアと歴史的にも民族的にも深い繋がりがあります。第一次世界大戦前、トルコ・シリア・イラン・イラクなどの国々はオスマントルコ帝国の支配下にありました。第一次世界大戦後に人為的に国境線が引かれて分割された結果、クルド人やトルコ系トルクメン人などさまざまな民族が今でも多数の国に分断されて居住しています。シリアは多様な民族の集合体になっており、トルコ系民族も多数居住しています。

シリアでは、泥沼の内戦が長期化していますが、トルコはこの内戦と無縁ではいられません。400万人ものシリア難民が国外に流出していますが、サウジアラビアには行かず、ほとんどがトルコに流れ込んでいます。その一部はトルコから欧州を目指しています。

シリア内戦は、現在、①アサド政権、②反政府勢力、③IS(イスラム国)の三つ巴の争いとなって泥沼化し、停戦のメドが立たなくなっています。②反政府勢力は、厳密にいうと、多数の異なる民族集団に分かれており、相互に争いもあり、対立構造がきわめて複雑になっています。

2011年、独裁政権であったアサド政権に対し、「アラブの春」に感化された反政府勢力が立ち上がり、武力衝突が起こったことが内戦の始まりとなりました。反政府勢力を欧米トルコなどが支援する一方、アサド政権側をロシア・イランが支援したため、内戦は長期化しました。シリア国内の民族・宗教の対立がからんだため、反政府勢力は一枚岩とはならず、分裂した戦いが続いています。

事態を複雑にしたのは、反政府勢力の一部が、イラクで活動する武装勢力IS(イスラム国)と結びついたことです。ISの勢力拡大を抑えるために、米国はシリアへの空爆を開始しました。空爆には英仏独など欧州諸国やIS勢力の拡大を恐れるサウジアラビアなど中東5カ国も参加しました。

こうしてシリア内戦はアサド政権・反政府勢力・ISと三つ巴の争いとなったのです。アサド政権から米国に対し、ISの勢力拡大を抑える戦いに集中するために連携する提案がなされているが、米国はこれを拒否しています。シリア内戦は終結のメドがなくなり、シリア国民は日々生命や生活を奪われる危機から逃れるために、国外に出ざるを得なくなっています。

最近、IS系組織が中近東・欧州で次々とテロを実行し始めたことが、シリア内戦に新しい展開を生んでいます。10月31日にロシア旅客機がシナイ半島に墜落した事件ではISが犯行声明を出しており、ISによるテロとの見方が強まっています。ロシアは報復措置として、ISへの空爆を強化しました。さらに、11月13日にパリで同時テロが起こり、IS系組織が犯行声明を出したことから、フランスもISへの空爆を強化しました。オランド仏大統領は、ISとの共闘で欧米ロシアが連携する必要を説き、実現が難しいと思われた共闘に道が開かれる可能性が出ていました。

そこで、11月24日に起こったのが、トルコ軍によるロシア軍用機撃墜です。直接の原因は、ロシア機がIS空爆のために、しばしばトルコの領空を侵犯していたことにあります。今回もロシア機がトルコ領空に入り、トルコ軍が度重なる警告を発したにもかかわらず応答がなかったために撃墜したと、トルコ側は主張しています。ロシアは領空侵犯を否定していますが、真の問題は、領空侵犯の有無ではありません。トルコとロシアが、シリア問題をめぐって対立していることが、事件の背景にあります。

トルコは、トルコ系住民保護のために反アサド派を支援していましたが、ロシアはアサド政権を軍事支援していました。今回のロシアによるIS空爆強化で、ロシア機はISだけでなく、反アサド派勢力にも、空爆をしかけていた疑いが持たれています。トルコ系住民を含む反アサド派を空爆するロシア機がトルコ上空を通過していくことを、トルコは看過できなかったと考えられます。

トルコとロシアの間に深い溝が生じた結果、ISとの戦いで、米国・ロシアが連携するのが、再び困難になりつつあります。こういうことが起こると、そもそもトルコとロシア間に、長い対立の歴史があることまで想起されます。歴史的にロシアの南下政策に苦しめられてきたトルコには、反ロシア感情が深く根付いています。1904年の日露戦争で、アジアの国である日本がロシアに勝利したことが伝わると、トルコ国民は歓喜して、以来、親日感情が高まったことは良く知られています。

トルコは歴史的に欧州諸国とも対立関係にありました。ただし、第二次世界大戦後は、友好関係を樹立しています。トルコは、米国および西欧諸国が中心となってスタートさせたNATO(北大西洋条約機構)の加盟国であり、米欧諸国と軍事的に同盟関係にあります。

(2)ISによるテロが中東・欧州で頻発する問題をどう考えるか

11月24日にはチュニジア・エジプトでテロが起こり、IS系組織が犯行声明を出しています。この問題を、世界の金融市場はどう、織り込んでいくでしょうか。今のところ、世界の株式市場は冷静で、とりたててマイナスの反応は出ていません。

世界中に地域紛争は常に存在し、それが消えてなくなることはありません。金融市場は、一定レベルまでの地政学リスクには、耐性を持っていると考えられます。テロや紛争が、世界経済に支障が生じる規模に発展するか否かが、判断の分かれ目となります。

テロの頻発は、欧米での消費行動を抑制するリスクはありますが、現時点で、深刻な影響が出るとは考えられていません。2001年9月11日の米同時多発テロでは、経済活動に支障が出ると心配されましたが、逆に「テロに負けるな」と購買活動が活発化し、2001年の米クリスマス商戦は好調に推移した実績があります。一般的なイメージとは逆で、欧米では、テロで消費が委縮する現象はあまり観察されていません。

かつて中東での地政学リスクの高まりで、原油価格が急騰した時代がありました。原油が急騰すると世界経済に悪影響を与えるので、中東の地政学リスクに、世界の株式市場がネガティブに反応することがありました。ところが、近年は、中東の緊迫化が、原油価格に影響しなくなりました。原油は世界的に供給過剰で、中東への依存度が低下していることが原因です。こうした背景から中東の緊迫化は、世界の株式市場にあまり影響を与えなくなりました。

結論として、ISによるテロ活動が世界の株式市場に与える影響は、当面、限定的と考えて良さそうです。日本経済にとっては、中国の海洋進出と、南沙諸島での米中緊迫化の方が、大きな影響を与える可能性があります。それについては、別の機会でまた、ご報告させていただきます。