16日、トヨタ自動車(7203)の株主総会で「AA型種類株」発行を可能とする定款変更が、可決されました。可決には出席株主の3分の2以上の賛成が必要でしたが、約75%(速報ベース)の賛成で、可決されました。

個人投資家を株主として呼び込むための「奇策」には、賛否両論ありました。議決権行使助言会社大手の米ISS社は反対を表明していました。米年金基金のカルスターズも反対を表明しました。反対票を投じた約25%の株主は、主に外国人と考えられます。

個人株主を増やすための施策として、日本企業は「株主優待制度」を活用しています。新型種類株も、トヨタでの発行が成功すれば、新たな個人株主獲得策として日本の上場企業に広く普及する可能性があると思います。

(1)トヨタが発行するAA型種類株とは、どのようなものか?

東京証券取引所で売買されている株式は、ほとんどすべてが「普通株式」です。これに対し、上場企業は普通株とは異なる権利内容を持つ「種類株」を発行することもできます。トヨタが発行する「AA型種類株」もその一種です。これまでにない「実質元本保証」という特質を備えた新型の種類株は、個人投資家にかなり人気が出ると予想されます。

AA型種類株の概要は以下の通りです。

 
 
  • 普通株よりも1.2倍以上高い価格で発行
    6月16日の株価8,395円を基準にすると、発行価格は2割増しの10,074円以上になる。
  • 5年間保有が必要
    5年間は原則、売却できない。
  • 実質元本保証
    5年後に、普通株の株価が発行価格(上の例では10,074円)を下回っている場合、トヨタ自動車が発行価格(10,074円)での種類株買い取りを保証している。トヨタ自動車が破綻しない限り、元本保証となる。
  • 株価が20%以上、上昇していれば売却益も得られる
    5年後に、普通株の株価が発行価格(上の例では10,074円)を上回っている場合は、種類株を普通株に転換してから売却すれば、売却益を得ることも可能。たとえば、5年後の株価が11,074円であれば、転換後に売却すれば、売買コスト差し引き前で1株につき1,000円の売却益が得られる。
  • 配当金も出る
    種類株の株主に対して、1年目は0.5%、2年目は1%、3年目は1.5%、4年目は2%、5年目は2.5%の配当金が払われる。6年目以降にも、種類株のまま保有を続ける株主には、年2.5%の配当金が支払われる。
  • 議決権が付与される
    普通株主と同じ議決権が、種類株主にも付与される。株主総会での議案に賛成または反対票を投じることができる。

(2)既存株主の利益を損ねる内容ではないと考えます

既存株主の権利を希薄化させる内容にはなっていません。トヨタ自動車は、種類株を発行すると同時に、ほぼ同数の普通株を自社株買いによって市場から買い取ります。したがって、種類株発行と自社株買い実施後の、発行済み株式総数はほぼ変わらない見込みです。つまり、既存株主から見て、一株当たり利益や議決権の希薄化は生じません。

既存の普通株主と、新たに入ってくる種類株主の、権利比較を行うと以下の通りとなります。

 

種類株主の方が有利な点

  • 実質元本保証
    5年後に普通株が値下がりしていても、種類株はトヨタが、発行価格での買い取りを保証している。
  • 普通株式で減配があっても、種類株は当初決められた配当を支払う
    トヨタの予想配当利回りは16日時点で約2.4%である。ただし、今後、減配があれば配当利回りは低下する。種類株の株主は1年目0.5%、2年目1%、3年目1.5%、4年目2%、5年目2.5%の配当を得るので、平均すると年1.5%の利回りが得られる。種類株の配当は、減額されることが原則ない。
 

普通株主の方が有利な点

  • 値上がり益を得られる場合は、普通株主の方が売却益が大きくなる
    5年間で30%、株価が上がった場合、普通株主は30%の値上がり益が得られる。種類株主は、20%以上高い発行価格で投資しているので、値上がり益は10%以下となる。
  • 5年間で受け取る配当金は普通株主の方が多くなる見込み
    トヨタの予想配当利回りは、16日時点で約2.4%である。今後5年間、増配も減配もないと仮定すると、普通株主は年平均2.4%の配当利回りが得られる。種類株の株主は1年目0.5%、2年目1%・・・5年目2.5%の配当を得るので、平均すると年1.5%となる。

上記の内容を勘案すると、既存株主の権利を侵害する、有利発行には当たらないと考えられます。

(3)米ISS社は、なぜAA型種類株の発行に反対の方針だったか

トヨタ自動車は、最大で発行済株式株の5%未満の種類株を発行します。新しい株主は、普通株主と同じ議決権を持ちます。米ISS社は、元本保証の権利を持った種類株主が、会社の提案する議題に何でも賛成する「安定株主」になることで、会社経営の規範が緩むことを懸念しています。

私は、それは杞憂と考えます。トヨタ自動車は、個人投資家の株を増やすために、今回の「奇策」をうったもので、それ以外の目的はないと考えます。

近年、株主への利益配分に消極的な会社や、コーポレートガバナンスに問題のある会社、ROE(自己資本利益率)の低過ぎる会社に対して、機関投資家が、議決権行使で、経営陣の再任に「NO」を突きつける時代になってきています。もしトヨタが、ガバナンスに問題があり議決権行使で株主から「NO」を突きつけられる可能性のある会社ならば、今回の種類株発行は、経営陣が自己保身のために行っている疑義も生じます。

ところが、トヨタ自動車は、①増配や自社株買いなど株主への利益配分に積極的、②ガバナンスについての重大な問題はこれまでのところ見られない、③構造改革をやり続けることでROEを高める経営を実行している、ことから種類株発行による問題はないと考えます。

(4)株主優待と並ぶ個人投資家の呼び込み策として広まることを期待

個人投資家は、過去25年以上、日本の株を売り越し続けています。個人投資家が離れていくのを、食い止められていません。個人投資家に代わって、外国人投資家、公的年金、その他機関投資家の保有が増えています。最近は、日本銀行まで、年間3兆円のペースで日本株を買っています。

投資の専門知識を持つ機関投資家の保有が増えるメリットはありますが、自分の判断で自分のお金をつぎ込む個人投資家の保有が減り過ぎては、ガバナンス上、望ましくありません。

経営権をめぐる議決権争奪戦などで、機関投資家ばかりではなく、多数の個人投資家がどう判断するかが、重要になることもあります。たとえば、大塚家具の最近の委任状争奪戦(大塚久美子社長と、実父の大塚勝久元会長が、経営権をめぐって株主総会で争った件)で、機関投資家の判断だけでなく、多数の個人株主がどう考えるかも重要でした。機関投資家、個人投資家の両方の意見が経営に生かされることは、ガバナンス上プラスと考えます。

の経営にどういう影響を及ぼすか、今後に注目したいと思います。トヨタ元本保証の種類株株主という、かつてない異形の株主の登場が、