タイ陸軍のプラユット司令官は22日夕方、クーデターを決行したと発表しました。現行憲法を停止し、軍が全権を掌握しました。当面、タイ国軍の任命した暫定政権が、政策運営を担当することになります。

(1)日本にとって重要なタイ

タイは、政治的に安定し社会インフラも整った国として、これまで日本の製造業が多数進出してきました。特に自動車産業やエレクトロニクス産業の集積が進んでおり、日本にとってきわめて重要な国です。それだけにタイの政治混乱が、タイに進出している日本企業へ悪影響を及ぼすことが懸念されます。

ただ、結論から言うと、現時点で日本企業に大きな悪影響が及ぶと考える人は少ないです。政治は混乱していても、現地の人々は普通に生活を続けています。経済活動に深刻な影響がでるほどの混乱は、長引かないとの見方もあります。

タイ国内には、深刻な政治的対立はありますが、民族や宗教上の対立はあまり表面化していません。人口の約85%を占めるタイ族と、10%を占める華人(中国系)の融和が進んでいるからです。タイ族もルーツをたどると中国南部から移動してきたものが多いことが、華人と民族的な摩擦が起こりにくい要因かもしれません。仏教徒が中心で、宗教的な対立も表面化していません。それが、もともとタイの治安の良さにつながっていました。もちろん、少数のイスラム教徒との摩擦はあります。

(2)日本企業への影響

当面懸念されるのは、軍が治安維持のため、全土に夜間外出禁止令を発令していることです。時間は午後10時から翌日午前5時。それに応じて、日本企業では、工場や店舗の操業時間短縮を実施するところもあります。それが短期的に業績へ影響を与える可能性はあります。

もっと大きな問題は、クーデターにともなう混乱でタイの景気低迷が長引くことです。タイでの販売が大きい日本企業に影響が出ます。

<タイに進出している日本企業の例>

コード 銘柄名 備考
6326 クボタ タイで農業機械を販売
6479 ミネベア ベアリング製品をタイで生産
6594 日本電産 HDDドライブモータをタイで生産
7202 いすゞ自動車 タイで小型トラックを製造・販売
8028 ファミリーマート 合弁でタイにコンビニ出店を拡大中

ただし、タイの景気低迷は、新たな悪材料ではありません。昨年11月以降、タクシン派と反タクシン派の対立が激化して混乱が続く中、政権の機能不全で、予算執行も滞り、すでに経済は悪化していたからです。

軍部がたてる暫定政権によって、止まっていた政府機能が復活することは、経済にプラスです。暫定政権は、給付がストップしていた農家への補助金支払、止まっていた事業の許認可や公共投資を再開する方針を宣言しています。政府機能の停止が、タイの消費や景気に悪影響を与えていただけに、クーデターで機能が回復することで、経済が復調する可能性もあります。

<参考>軍事クーデターを繰り返すタイ

今回、首都バンコクで、タクシン派と反タクシン派の衝突が続き、解決の糸口が見えないまま、再び軍部の介入を招くことになりました。タイは1932年に王国から立憲君主制に移行して以降、軍部によるクーデターはこれで実に19回目。民主主義導入の優等生と見られていたが、実態が伴っていませんでした。

2006年と今回、2度の軍事クーデターで失脚したタクシン政権は、地方の低所得層と農民層を支持基盤としています。それに対して、反タクシン派は、都市中間層と富裕層が支持基盤です。選挙では、人口構成比の高い低所得層の支持を受けるタクシン派が強い。ところが、あまりに露骨な低所得層への利益誘導と、ポピュリズム政策が、都市中間層や既存の権力層とつながる反タクシン派の反発を招いた経緯があります。国軍や憲法裁判所も反タクシン派とつながっているという見方が強くあります。

2006年にクーデターを実行したタイ国軍は新憲法制定と選挙を経て、1年余りで権力を手放しました。今回も、軍は、早期に選挙を実施して民政復帰をめざす方針を宣言しています。言葉通り、早期の混乱収拾が図られるか、注目されます。タイの経済発展にともない貧富の差は拡大しており、政治的な混乱は長期化するとの見方もあります。